集権化と分散化と協働、シェルが描く3つの未来シナリオとは

Koyo Uem
Commons OS
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13 min readApr 30, 2018

分散社会への議論が活発になってきています。社会は集権化へと進んでいるのか分散化へと進んでいるのか、現段階では不透明で、私たちは集権化と分散化が同時に進展する世界で生きていると言えます。今回の記事では、集権化と分散化が進む社会では、その後、どのような未来を生きることになるかについて、石油メジャーのロイヤルダッチシェルが発表する2060年に向けた未来シナリオを中心に紹介していきます。集権化の未来、分散化の未来とも、一長一短なもので、どの未来が生き心地が良いかは、個人の価値観に強く依存してきます。大切なことは、未来への選択肢は1つではなく、どちらの方向にも進んでいく可能性があることを知り、その可能性がもたらす影響を理解しつつ、私たちが議論を通じて主体的に未来を選択していくという姿勢を持つことだと思っています。

未来を洞察するにあたり「シナリオプラニング」という考え方がよく知られています。これは、過去からの延長線上で一つの未来を描くのではなく、起こりうる複数のシナリオで未来を表現する手法です。シェルでは50年以上も前からシナリオプラニングを行い、経営の意思決定に利用してきました。現在でも、シェルは未来シナリオを約5年ごとに更新しWEB上で公開しています。そのシェルが考える最新の未来シナリオとは、2013年3月に発表したNew Lens Scenarioにおける「集権化が進むマウンテンズシナリオ」と「分散化が進むオーシャンズシナリオ」、New Lens Scenarioに加えて2018年4月に発表した「スカイシナリオ」です。

不安定になる景気循環サイクル、新興諸国の勃興と都市化、人口減少と人口増大の偏在、指数関数的な技術革新など不確実性が増す中で、シェルは3つのパラドクスを通じて新しい角度から社会を眺めることで、2060年に向けて大局的に未来が見渡せるとしています。

不確実性が増す中での3つのパラドクスとは、「豊かさ」「つながり」「リーダシップ」における当初の意図と反したジレンマを示しています。豊かさのパラドクスとは、個々人の利益を追求した結果、公共セクターのコスト負担が増えていること。グローバル化で国と国の間の所得格差は縮小したものの、一国内の格差は拡大していること。経済発展は人々を幸せにしていくが、ある段階を超えると低下する場合もありうる。という構造です。つながりのパラドクスとは、つながることで個人の表現力と影響力が強まり個が力を持つようになった反面、群集行動やポピュリズムに陥りやすく不安定さが増していくこと。また、ネットの進展で個人が力を持つと同時に、政府が個人を監視する力もまた強くなっている。という構造です。リーダーシップのパラドクスとは、グローバル化が強まるほど各国中央政府の能力が低下する中、世界規模の急速な変化に伴う社会課題の解決が求められていること。政府単独では課題に対応できない中で、ビジネスセクターやNGOなど多様なグループとの協調が必要になってきますが、グループごとに抱える個別の既得権益に気を取られるあまり、危機から脱する改革や新たな連携が進まない。というジレンマを抱えています。

これらの現象は、ダニ・ロドリックの提唱するグローバリゼーションのトリレンマとも似た現象です。グローバリゼーション、国民国家、民主主義の3つは同時に成立できず、このうち2つを選ばざるを得ない状況に陥っているというものです。シェルの未来予測でも、同様の構造でシナリオが構築されています。つまり、資本主義とグローバル市場経済のゆがみが、各国のナショナリズムと衝突しはじめ、資源や環境負荷の限界が近づき緊張が高まる中、国家や市場に関するコンセンサスをどこに見出すかによって、シナリオは分岐するとしています。そこでは、国民国家同士の協調を軸にトップダウンでグローバリゼーションを調整するマウンテンズと、ネットにエンパワーされた中間層が生み出すコミュニティが民主主義に代わりボトムアップの新しい政治や経済モデルを生み出すオーシャンズという2つのシナリオへと分かれていきます。そして、シェルは、2018年に全世界が協調しながら地球環境問題の課題解決を目指すスカイというシナリオを新たに追加しました。

マウンテンズとオーシャンズ 出典:Shell New Lens Scenarios

マウンテンズシナリオとは、既存の既得権を持つセクターが市場の力を活用して、現状の体制を維持するかたちで社会の安定を生み出そうとする世界です。その世界では、米中がお互いの価値観は共有せず、互いの利益を調整することで、協調して国際秩序を形成していきます。中国は緊迫化する国内情勢への対応に追われドルは基軸通貨であり続けます。各国政府は多国籍企業の国境を越えた活動を懸念し、国内で得た利益をタックスヘイブンにある本社に還流させる手法への金融規制を強化します。このため、供給サイドへの投資は活発に行われますが、複雑化する経済活動に対応するための大規模な構造改革は行われず、2030年以降、先進諸国のGDPは伸び悩み、新興国も中所得の罠に陥り、経済的な低成長が続きます。ただし、政策意思決定者数が少ないため、中国やインドなど多くの都市人口を抱えたエネルギー輸入国ではコンパクトシティや自然エネルギー開発が効果的に実施できます。公共財は、「今の暮らし方」を維持するために必要な公共財と判断され、既得権益層の中で利害が一致すれば提供されます。社会階級は固定化されますが、国境を越えて活躍する起業家たちが大規模投資を利用し新興国へと労働をアウトソースするといったモデルで成功し社会的地位を高めていくことで、「人は自ら運命を切り拓き、分に応じたものを手にいれる。」といった価値観や規範を世の中に作り出していきます。Fintech関連のつながりが深化し続ける一方で、ファイアウォールやゲーティッドタウンが強化され、地域や国ごとに世界が分断されていきます。その様子は、1930年代のブロック経済を思い起こさせます。

シェルの予測するマウンテンズシナリオをより先鋭化した未来予測が、ジョージ・フリードマンによる「100年予測」です。インターネットは世界中に広がるものの、越境する一部の人々を除き、各地の人々の文化·価値観は変わらず、選挙で選ばれる国の支配層は変わらない。という前提で地政学に基づいた未来予測を行なっています。アメリカの諜報機関ストラトフォーによる未来予測ですので、新興国が力をつけていくものの、21世紀もアメリカの覇権が保持されると予測しています。21世紀に米国から中国へと覇権が移るというシナリオでは、ウォーラステインの世界システム論の流れを受けたジョヴァンニ・アリギの「北京のアダム・スミス」や、中国は西洋が覇権を握る前から純粋な資本主義国であったとする與那覇潤の「中国化する日本」を一読することをお勧めします。

オーシャンズシナリオとは、より多くの人々がネットとグローバル化により経済力と発言力をつけた結果、市民社会が進展し利害関係者が増え、その対立をなんとか収めようとする多極的な世界です。新興国では国民国家資本主義が有効に働くため、経済発展に合わせて国家単位で経済と金融システムが着実に改革され、社会の生産性が高まります。強国として浮上するのは大国ではなく、持続的な発展に向けて急進的な改革を辿ってきた機敏な中規模な国々です。その中には、「足るを知る」を悟った若い世代が主導する日本も含まれます。既得権を持たない非営利団体からリーダーが生まれ、様々なセクターが協力して課題解決に当たることで、「自分の運命は他者と絡み合っている。」といった運命共同体的なイデオロギーが強化されます。人々はやがて、国家に対する個人の責任よりも、個人と集団の権利こそが尊重されるべきだと考えるようになります。その結果、福祉問題や社会構造、さらに既存の国際的な枠組みについても、人々はさらなる大改革を期待し、国家は対応に迫られます。人々は、安全保障や市場機能の確保のために必要なサービスは国家が引き続き提供することを期待する反面、福祉と公共サービスについては国家による統制を受け入れようとはしません。地域や国の公共財は長期にわたって増進し、グローバルな公共財も増進していきます。アメリカでは、国家の役割に対する意見が二極化し膠着した状態が続きます。グローバルに拡散する話題とローカルな関心により、国際主義と地域主義が結びつき、人々は国家への帰属意識とは別に、運命共同体の多様なつながりを築いていきます。このように、ネットは新たな社会課題に取り組もうとする新しい連携を生み出し、創造性や多様性を活力とした社会変革を進展させる一方で、似た者同士だけで結びつくことを促し、人々の考え方を狭めてもいきます。社会から排除され孤立する集団や、偏狭で利己的な考え方が数多く生み出され、彼らは世論を煽動し既存組織や制度への信頼を損なわせることで、世界はますます不安定化し混迷を深めていきます。

シェルの予測するオーシャンズシナリオをより先鋭化した未来予測が、ジャックアタリによる「21世紀の歴史」です。前述のアリギと同じく、覇権がアメリカから移ることを予測していますが、次の覇権を握る国家は現れず分散化します。グローバル化の進展で個人も企業も流動化しノマド化していきます。2035年頃には、国家の影響力は多極化し弱体化する反面、ビッグデータという監視財を保持する多国籍企業とリバタリアンが支配する「超帝国」が誕生し、医療・教育・排出権取引などの公共財までがグローバル市場の対象となります。そして、貧困と環境破壊を逃れるため、移動せざるを得ない難民が溢れ、各地では紛争が勃発し不安定な状態が続きます。そして、2060年頃に、市場民主主義をベースに、利他主義者たちによる「超民主主義」が主流となるとしています。

出典:Shell Scenarios "Sky"

スカイシナリオは、マウンテンズで強化される政府のリーダシップと、オーシャンズで強化される社会のあらゆるセクターをつなげる新しい共同体の双方が、気候変動という地球規模の共通課題に対して協調し、テクノロジーやイノベーションをサポートしていくというシナリオです。2015年に採択された地球の平均気温上昇を1.5度未満にボトムアップで抑制する多国間の国際的な合意であるパリ協定の目標をベースに作成され、2070年までにゼロエミッションを実現するための道筋を示す規範的なシナリオであるとしています。「マウンテンズ」と「オーシャンズ」どちらのシナリオにも一長一短があるものの、双方のシナリオともに化石燃料の消費が増え、地球温暖化が進む結果となっていました。スカイシナリオでは、エネルギー需要は伸びていくものの、2020年をピークに化石燃料の占める割合が長期的に減少していく道筋を示しています。今回のシナリオを追加する契機として、電気自動車のシェア拡大に代表されるように、消費者のマインドセットが二酸化炭素の排出抑制と効率的な生産を求めるものに変わってきたと同時に、二酸化炭素回収貯蔵施設の発展や、太陽光・風力・水素などの新しいエネルギー源が非連続的な技術革新の結果、伸びつつあるとしています。スカイシナリオの追加は、未来への適応を目指す「未来予測」から始まったシナリオ活用が、より望ましい未来の創造を目指す「対話と意思決定」のためのシナリオ活用へと、役割を広げているとも言えます。

ご存知のように、2017年にはアメリカが自国第一主義を唱えパリ協定から脱退するなど、スカイシナリオの道筋は困難なものとなってしまいました。果たしてスカイシナリオのように、政府と社会のあらゆるセクターの双方が、地球規模の共通課題に対して協調していくことは現実的な選択肢なのでしょうか?

Commons OSは、2018年4月22日のアースデイ東京のオフィシャルトークテントにて「2030未来戦略会議ー分権と統合、時代のバイオリズムー」に登壇しました。様々な技術や社会制度は分権化へと進み、自分ごととして認識できる世界のサイズへと調整されていく一方で、国連が2015年に採択した持続可能な開発目標SDGsという統合への流れが生まれている中、2030年以降の世界はどこへ向かい、その中で何をしていくのか。という問いでディスカッションを行いました。

Commons OSはブロックチェーンの進展と技術革新による経済圏の民主化で、2045年頃には、現在の200カ国の社会が、数千から数万の独自経済圏となる未来を展望しています。例えば、SDGsの各目標は、150人レベルの村で行うのであればそう難しいことではありません。飢餓や貧困は村レベルの自分ごととして認識され、生態系を守ることは自分たちの食生活に直結し、エネルギーをクリーンにすることは村の美しい景色を孫に伝えるためと動機づけが容易です。なぜ、このような動機づけができるかというと、人類の共同体の最大メモリー数は、脳の容量で150人程度と決まっており、150人までは仮想的な家族として自分の身体性を拡張できるからです。150人以上の集団となっても、共同体意識とガバナンスを効かせるために、人類は、歌やスポーツといったメディアに加えて、国家や法律、貨幣、宗教、会社といったメディアを発明してきました。これらのメディアが生み出す共同幻想は、個人の身体性を共同体にまで拡張させ、自分ごと化を促し、文明化を推進させてきました。ブロックチェーンの生み出す経済圏もまた、これらのメディアと同じく共同体意識とガバナンスを効かせるメディアとして作用していくものと考えています。歌やスポーツといったメディアよりも多くの人に影響を及ぼし、国家や法律や貨幣といったメディアよりも身体性を伴い自分ごと化を促す新しいメディアが、VRやAIやブロックチェーンといった技術革新により生まれることで、私たちの共同体意識はアップデートされていくことでしょう。地球環境変動が、地球規模の課題として多くの人々にとっての自分ごととなり消費者マインドセットが変容した結果、営利企業もまた変容していったように、SDGsといった地球規模の課題が多くの人々にとっても自分ごと化する日がやってくるでしょう。「自分の運命は他者と絡み合っている。ネットの進展で世界が急速に小さくなる中、他者とは地球規模の生命体にまで及ぶ。」といった運命共同体的なイデオロギーが世界全体に及び、多層的・重層的に絡まりあった小さな共同体が、ボトムアップで地球規模の課題を解決していく未来をCommons OSは目指しています。

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前のIDは佐久間東洋。未来学者。人々とAIが協調する社会の中での、ライフスタイルや幸せについて考えを巡らせながら、ライフシフトを実践しています。著作権はCC「表示-継承」 https://twitter.com/SakumaTouyou