[CC Lab20春]これからの環境音録音の可能性 ソーシャルプラクティスと音の権利
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現在は慶應義塾大学 環境情報学部 徳井直生研究会に所属しており、サウンドスケープ・音の録音について研究しているアンザイ レオと申します。
今回は今学期の研究内容を含めて、現在進行中のEx-Sampling Projectについてまとめました。
目次
・序論
・音の権利について
・Ex-Samplingについて
・Ex-Samplingとソーシャルプラクティス
・参考文献
序論
コロナの影響により、屋外における市民の活動が制限されたことで、喧騒とした都市は静まり返っており、普段聴くことが出来ない微弱な音や建物の振動を耳にする事が出来るようになった。
これらの都市の音を聞いていると、音の純粋な美しさに対峙して、どこか無機質な部分と都市の沈黙から恐怖心を煽られる。ヒトが存在する都市の音に適応した私(たち)は、ヒトが存在しない都市の音にやはり異変を感じるのだ。
しかし、多くの人々はこの変化に気がつかない。現代社会がもたらしたあふれんばかりの視覚情報の渦の中では、街の音に耳を傾ける暇もなく、ただひたすらと視覚から情報の摂取を続ける。これは現代社会に生きていれば当たり前の事であり、責められるべきではないが、聴覚空間としての都市における音の権利を知らぬ間に失っていく事になる。
音の権利について
音にまつわる権利といえば、大抵は音楽に関する著作権をさすが、ここでの意は環境権の事である。環境権とはいわゆる第3の権利と言われるものであり、日本国憲法に明記されてはいないものの、高度経済成長期における公害問題から議論されるようになった。特に騒音問題は現在でも大きな問題であり、環境基本法に定められる典型7公害の苦情のうち、減少する大気汚染に比べ、毎年増え続けているのが騒音問題である。個人を含めた都市の騒音は人体や心理的な被害だけでなく、個人間のトラブルを巻き起こす。
成田空港問題
小田急訴訟
奈良騒音傷害事件
ピアノ騒音殺人事件
しかし現在では多くの騒音問題は行政指導により改善が行われており、再発を防止するための取り組みも行われている。また事前に騒音問題を防ぐために大規模な公共事業を行う際は環境アセスメントを行うことが義務付けられているが、ここでは音のラウドネス(db)を基準に調査を行なっている。
この点に関して私はいくつか疑問点がある。1つ目は個人の快音・不快音というものはラウドネスで測りきれるのだろうかという点である。
パフォーマンス集団である芸能山城組の主宰であり、研究者としても活動する大橋力がモンスーン・アジアの水田農耕を営む村落環境や、多雨性の熱帯地域で今なお狩猟民族がすむ森林に騒音計を持ち込んで調査を行なったところ、静かな村里の中で50dbあたりを、爽快な森のしじまの中で60dbあたりをベースラインに指し続けるばかりか、ちょっとした生命の営みや生態系のゆらぎによって、その目盛りは70dbの上に簡単にはね上がるというのだ。私たちの感性感覚的には村里の森林環境は静寂と快適感が保たれているのにも関わらず、都市の騒音基準値に照らし合わせると、基準値を超えてしまっているのだ。人々は喧騒とした都市の音から逃れるために森林セラピーに出かけているというのに、聞いているラウドネスには大きな変化はないのだ。
これらを踏まえると、法で定められたラウドネス基準値で騒音を測るというのは少しばかり無理があるのではないかと思えてくる。騒音を定義するには個人個人がサウンドスケープの意識を持って何が快音・不快音であるか考えていかなければならないのである。また音風景を理解するということは、自分を含めた人々の活動を知ることであり、人々の活動を知ることは身の回りのコミュニティの理解に繋がり、音環境の変化は音を取り巻く様々な要素の部分(建築・ランドスケープ)にも変化を及ぼすことが可能である。
Ex-Sampling
去年の秋からエンジニアのAtsuya Kobayashiと共に開発を行なってきたのがEx-Samplingというリアルタイム共同環境音録音演奏システムである。
元々は遠くの音をフィールドレコーディングするには交通費がかかる上に、長距離の移動で使用する燃料は、生物の音を録音するという目的なのにエコではないというの矛盾点がどうにかならないか。また録音された音は時間が立つほど音の意味に変化がもたらされているのではないかという着想から制作を始めたものである。
1.パフォーマーのPCに表示されるQRコードを読み込むことで、Web Recorderが起動する
2.起動したWeb Recorderで音を録音するとAIが音の分類を行う(eg. Microwave_open)
3.分類された音はパフォーマーによって用意されたAbleton LiveのInstrumentに位置情報と共に読み込まれていく。(eg.Microwave_open ⇒ Bass)
4.パフォーマーはそれらをあらかじめ用意されたMIDI/リアルタイムで入力するMIDIデータを元に再生することで音楽を作り出していく。
このシステムの初期プロトタイプが完成したのが去年の冬であり、ある程度安定したシステムとして動かせるようになった時にコロナの影響で屋外での活動が制限されてしまい、いまだに屋外では試すことが出来ていない。そのため現在は複数人でのzoomの画面越しに自宅にある音をみんなで鳴らして音楽を作るというワークショップを複数回試した。
Ex-Samplingとソーシャルプラクティス
Ex-Samplingの現状の音楽環境はミュージックコンクレートのような音楽に近いわけだが、現在多くの人間が保持しているスマートフォンに必ずある録音機能を使用し、都市環境音を収集、それらをサンプラー的に再生することは先ほど述べた自分の活動や他社の活動から発せられる音の風景を再認識する機会を与えるサウンドエデュケーションの役割を担うことが出来ると考えている。
またサウンドスケープは”個人、あるいは社会によってどのように知覚され理解されるかに強調点の置かれた音環境。それゆえサウンドスケープは、個人(あるいは文化を共有する人々のグループ)とその環境との間の関係によって決まる”と定義されており、一定のコミュニティである地域の都市環境をEx-Samplingを用いて録音し、音楽として奏でていく行為はその個人と環境の関係性を思考させ、音の権利を自認させる。
Paul Ramirez Jonas がニューヨークで行なった”都市への鍵”という作品は、タイムズスクエアのキオスクで配布される鍵を参加者が受け取り、ブルックリン美術館にある秘密のドアやジョージ・ワシントン・ブリッジのゲートなど20箇所以上の南京錠を解錠する事が出来る。市内各所を参加者が巡る事で、普段は見る事が出来ない場所やドアの先にいるニューヨーカーと出会う。このアートプロジェクトはアーティストが編集者に近い形で参加するソーシャリーエンゲージドアート(SEA)におけるソーシャルプラクティスの実践が行われている。
ここでEx-Samplingに話を戻すが、最終的な音響のディレクションは出来るにせよ、音を選ぶという演者の作家性が欠如するようなこのシステムは、観客に協働的な実践を要求する。音を選び音楽を作りだす行為を広い都市のエリアでパフォーマーと複数人の観客が一体して行う行為は、インタラクティブなやりとりという枠組みより、レコーダーというデバイスを手に持ち、身体による録音を行い、都市環境音と音楽から、都市空間サウンドスケープをを再創造するというアクティビズムである。このアクティビティを通して市民は都市環境音の享受権の行使をする事が出来る。この意識レベルの変化は最終的にランドスケープなどの土木空間、音響レベルの市民による騒音制御に繋がってくるのではないだろうか。
Ex-Samplingは環境音録音をソーシャルプラクティスに持ち込む事で、市民の音の権利の可能性を大きく広げる事が出来ると信じている。
参考文献
大橋力(2003) 『音と文明』 岩波出版
若尾裕(2017) 『サステナブル・ミュージック』アルテスパブリッシング
工藤安代・ほか編(2018) 『ソーシャリーエンゲージドアートの系譜・理論・実践 芸術の社会的転回をめぐって』フィルムアート
クレア・ビショップ (2016) 『人工地獄 現代アートと観客の政治学』(大森俊克訳) フィルムアート
総務省(2018) 「平成29年度公害苦情調査」https://www.soumu.go.jp/main_content/000590826.pdf
国土交通省首都機能移転企画課 「サウンドスケープ (鳥越けい子のエッセイをもとに作成)」https://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/service/kankyo/pdf/soundscape.pdf
日本サウンドスケープ協会 「サウンドスケープとは」http://www.soundscape-j.org/soundscape.html
谷中優(2009)「サウンドスケープにおける理論と実践」金沢星稜大学 人間科学研究 第二巻 第二号 http://www.seiryo-u.ac.jp/u/education/gakkai/h_ronsyu_pdf/2_2/p35_taninaka.pdf
今後の予定として、コロナの感染状況にもよりますがワークショップ・パフォーマンスを行なって行きたいと考えています。ご協力してくださる方やご興味がある方はぜひご連絡ください。
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