[CCLab21春]仮想世界の感触

※ この記事はComputational Creativity Lab(慶應義塾大学 SFC 徳井直生研究室)の最終レポートを兼ねた記事になっています。

目次

  • はじめに
  • 仮想世界/人工生命に思いを馳せる
  • 仮想世界と現実世界の境界をぼやかす
  • 制作
  • 技術説明
  • 中間発表
  • 最終発表
  • おわりに

はじめに

慶應義塾大学環境情報学部の山口高幸です。

今学期でComputational Creativity Lab(徳井直生研究室 )に所属し3期目となります。

今学期はとてもコンセプチュアルな作品の制作となり現在も作品の制作途中であるため、なかなか自分でもうまく伝えられずにいます。

なぜ今学期、この作品を作ろうと思ったのか?どんなことを伝えたいか?どこまで出来ているのか?を理解していただけると幸いです。

仮想世界/人工生命に思いを馳せる

ちょうど1年前、「生命システム」という冨田勝教授の講義を受けていました。

遺伝子や分子レベルの生命の基本的な仕組みを学びながら、生命とは何か?という問いに迫っていく講義です。

その講義の中の雑談で非常に面白い話がありました。

(冨田教授が学部長時代の2007.07.12のおかしら日記に同じ内容の話が掲載されていたので一部抜粋する。)

私は学生時代、コンピュータ上に”人工生命”を複数個設定し、互いに競争させ、突然変異と自然淘汰でどんどん進化させる、というプログラムを自作して遊んだことがあります。画面上で激しい生存競争を繰り広げ、子孫を増やすために知的に進化し、生死を繰り返す壮絶な戦いを、私はワイン片手に眺めていました。競争のルールは私が結構いいかげんに決めたものですが、彼らはそのルールに愚直に従い、なんのためにやっているのかとか、何の疑問も持たずに必死に生き伸びようとしています。そしてコンピュータメモリ空間が彼らにとっての”宇宙”なのです。

もしこの人工生命たちが充分に進化して知能を持ったとしたら、同じ質問をするでしょうか。

「そもそも誰が何のために俺たちを創ったのか」

そして彼らはいずれ私の存在に気づくでしょうか。きっと彼らは私を「大宇宙の創造主」と呼ぶのでしょうね。そんな愉快なことを想像しているうちに、眠くなったのでパソコンの電源を切る。そんな私の何気ない行為が、彼らにとっては、そう、「大宇宙の終焉」なのです。https://www.sfc.keio.ac.jp/deans_diary/002479.html

同時期に私は「ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld」というアニメを見ていました。

ソードアート・オンラインシリーズは仮想世界(ゲーム)で巻き起こる様々な問題に対して、主人公が立ち向かって行くアニメです。

今季の話は、仮想世界で学習された汎用型人工知能の学習済みモデルを現実世界の人々が仮想世界にログインし奪い合うというのが物語の目的となっていました。

物語に登場する汎用型人工知能は、人間と同じように意思を持ち、感情があり、言葉を話します。

現在、そのアニメに登場するような汎用型人工知能はまだ開発できていません。

しかし、もし人間と同じように意思、感情、言葉などを持った汎用型人工知能が開発できた時、その人工知能は仮想世界から、現実世界の私たち人間に向かって何を思い話すのでしょうか?

また、私たちが創り出した新たな生命が人間と同じ意思、感情、言葉を持ったとき、我々はその生命に何を思うのでしょうか?

その人工生命たちが暮らす仮想世界のあるコンピューターのスイッチを切り、「大宇宙の終焉」をもたらすことに罪悪感などを抱かずにいられるでしょうか?

このように、まだ見ぬ人工生命と仮想世界に思いを馳せているうちに、作品のアイデアスケッチを描いていました。

仮想世界と現実世界の境界をぼやかす

2020.12.2 IDEA SKETCH

virtual wall (仮)

強化学習中のエージェントが壁にぶつかっていく様子を実空間に出力した作品.

エージェントが壁にぶつかる度に,アクリルの箱の内部から板を叩く装置が動く.

仮想空間内で何万回と行われるシュミレーションの1回1回の重み.

壁に体当たりをし続けるエージェントへの感情などを表面化させた作品.

なかなか、仮想世界の出来事を現実世界のように知覚する事は難しいです。

仮想世界の出来事は画面の中のコンピューターシュミレーションに過ぎず、仮想世界の出来事が物理的に現実世界のオブジェクトに直接干渉する事はできません。

画面の中の人工知能が歩いても足音は聞こえませんし、壁にぶつかっても周りの壁は揺れません。

もし、人工知能が仮想世界の壁にぶつかる度に、現実世界の壁が揺れたら、仮想世界の空気を現実世界で感じられるのではないか?仮想世界と現実世界の境界がぼやけるのではないか?

壁にぶつかり続ける人工知能を見ると、人工知能の意思など感情を感じられるのではないか?

そんなことを妄想しながらなんとなく描いたアイデアスケッチが今学期の制作に繋がっていきました。

制作

今学期は新たにComputational Creativity Labに入ったメンバーと共に二人で活動しました。

作品のテーマとする技術を強化学習に設定し、様々な作品のアイデアお互いに出し合い話し合った結果、virtual wall (仮)をひとまず制作することになりました。

技術説明

作品に必要な仮想世界と人工生命を再現するために強化学習ができる環境を整える必要がありました。

Unity ML-AgentsではUnity内で強化学習ができ、様々なサンプルも豊富であったので今回Unity ML-Agentsを使用しました。

仮想世界とその中の人工知能に身体を与え、報酬の設定を行うと、人工知能は試行錯誤しながら二足歩行を学習していきます。

報酬の設定は以下のようになっています。

報酬の設定

この状態で学習を進めると、頭が高い位置で安定するように緑のターゲットに向けて関節を動かしていくようになり、人工知能は二足歩行が出来る様になります。

歩いている人工知能の様子

二足歩行で緑のターゲットに向かって移動することを学習した人工知能を壁で取り囲みます。

人工知能の周りを壁で囲む様子

学習時には無かった壁に取り囲まれた人工知能はどうする事もできずに、ターゲットの方向の壁に身体を打ちつけ続けます。

壁に身体をぶつける人工知能

人工知能は、与えられた環境で一番報酬が高くなる行動を行なっているだけです。

しかし、私たちは壁に身体を打ちつけ続ける人工知能の姿はどこか、暴れているようにも苦しんでいるようも見えてしまいます。

内部のシステムを考えると人工知能の行動に意思や感情が無いのは明らかですが、そこに意思の存在を錯覚してしまう現象に面白さを感じ、今季の作品である「v-presence」の制作がはじまりました。

中間発表

箱の制作と撮影

中間発表に向けて、壁(箱)を実際に制作し映像を撮影しました。

二足歩行を学習する人工知能の様子と、壁に身体を打ちつける様子を見せた後、キャンパスの様々な場所に箱を設置し中から箱を叩くことで、あたかもそこに仮想世界の人工知能がいるのではないか?という錯覚をするような映像を制作しました。

映像の一部
映像の一部
映像の一部

最終発表

本作は、ひたすら前に進むことを強化学習したエージェントが、学習の段階では存在しなかった壁から出ようとする作品だ。Unityの仮想空間でエージェントは、「歩く」というある一つの動きを何百万回と繰り返し学習し、「歩く」という行為を獲得する。そこに学習時には存在しなかった白い壁でエージェントを取り囲む。すると、エージェントは学習していない障害物の対処法が分からずただ身体を打ちつける。エージェントが学習した後に設置された壁から外に出ることはできない。

本作のテーマは「現実空間における身体の錯覚と仮想空間における意識の錯覚」である。今回の試みでは、仮想空間を模倣した白い壁とエージェントを模した人間をその中に配置し、身体を打ちつけてもらう。現実空間に配置された白い壁の中から聞こえる音や揺れからはエージェントの身体の存在が感じられ、ディスプレイに映し出されたひたむきに壁から出ようとするエージェントには感情や意識の存在が感じられるようになるのではないか。

ただ箱が揺れる映像だった中間発表からアップデートし、より「現実空間における身体の錯覚と仮想空間における意識の錯覚」が分かりやすいように映像を追加しています。

今後の展望

技術面

現在、箱の中に私が入り箱を叩いている状態なので、より正確に人工知能がぶつかるタイミングで箱を叩けるように電子制御で中から箱を叩く装置の制作を行う予定です。

コンセプト面

「そこにあなたはいます」/「そこにわたしはいます」この言葉を映像に加えたことによって、作品に新しい解釈や見方を与えられたと思います。しかし、まだそれらの言葉に対する説明が不十分では無いかと個人的に思っているので、映像の見せ方やコンセプト文の変更などにこだわりたいと思います。

おわりに

長々と書いてしまい申し訳ありません。自分の中でもこの作品についてまとまっておらず、文章が長くなってしまいました。(そして締め切りを過ぎてしまいました。本当にすみません。)

今学期は新しく入ってくれた真鍋君のおかげで、スピード感を持って制作を行うことができました。映像も撮ることができ今学期の制作として、とても満足しています。

「v-presence」は制作途中で、まだまだ改善の余地があり、今後色々な方向に派生した作品も制作できる可能性があるものだと感じています。

夏休み中にコンペの締め切りや、夏休みの最後には研究室の展示会も行う予定なので、「v-presence」の完成度を上げて、より良い作品になるよう目指していきます。

展示会告知

私の所属するComputational Creativity Lab(徳井直生研究室)が9/23~9/29に表参道で展示を行う予定です。今回制作した「v-presence」もクオリティチェックを無事通過することができれば展示予定ですので是非お越しください。

展示情報は今後研究室のTwitterアカウントから随時更新される予定です。

https://twitter.com/CCLab_SFC?s=20

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