地味な方のブロックチェーンがもたらす幻滅、からの…

~ブロックチェーンで世界を変えるための第9歩~

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最近発表されたガートナーの「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2019年」によると、”ブロックチェーン”はどん底に向かって「着実に進捗」しているようです。新技術には避けて通れない幻滅期ですが、今回改めてブロックチェーンの関係者は何に幻滅し、啓蒙活動期に向けてどう考えればよいか、考察してみたいと思います。

(出所) https://www.gartner.com/jp/newsroom/press-releases/pr-20191031

ブロックチェーンは地味

企業がブロックチェーンのような新技術を取り入れる場合、分かりやすく「痛切な理由」が必要となります。例えば、これまでの社内リソースではどうしても実現できなかった何かを、新技術が一瞬にして解決してくれる、しかも低コストで、といったストーリーが求められます。そして残念ながら、ブロックチェーンはこのストーリーに当てはまりません。なぜなら、ブロックチェーンは“今でも頑張れば出来ること”を、単に効率化しようとする取組みだからです(エンタープライズ・ブロックチェーンの場合)。技術的には単なる書き換えられない台帳というだけです。この「地味さ」が、AIや自動運転技術、もしくはお祭り騒ぎのクリプトの世界に比べて、幻滅を引き起こしています。

Photo by Christian Bowen on Unsplash クリプトの世界はこんな感じ

地味なブロックチェーンの先には、インターオペラビリティを通じたワクワクする世界が待っていますが、それを描くには少し想像力が必要となります。

「今でも出来ています、紙で」

地味ながらも、ブロックチェーンを活用すると、“今でも頑張れば出来ること”が楽に出来るようになります。典型的な例は、人海戦術で凌いでいる「膨大な紙の書類の確認作業」です。

Photo by Christa Dodoo on Unsplash 極端ですが、段ボールに入った紙が何箱も送られてくる業務もあります…

これには当然、膨大な人件費が掛かっています。しかし、これを改善すべき課題と捉えられるか、もしくは“今でも出来きていること”と捉えるかは、その企業の問題意識次第です。

そもそも企業はなぜそこまで紙の書類にこだわるのでしょうか(あとハンコも…)。端的には、紙が持つ「原本性」が必要だからです。捺印した契約書(正・副)のように、世の中にそれしか存在しない状態は、紙の用途にピッタリで安心感があります。この安心感がブロックチェーンのような電子の世界にはありません。電子の世界では、コピーし放題、書き換えし放題です、既読スルーし放題です。この世界だけで1億円の取引を完結させるのは、確かに頼りなく感じます。だったら、「しばらくは今のままでも良いのでは?だって出来ているんだし」、これが一つ幻滅をもたらしている要因です。

「それは企画が考えることです」

人が長年、紙で実施している作業には、それなりに理由もあります。例えば、自社だけでなく相手方も電子化の導入が必要である、業界の慣習として30年以上のこのやり方を踏襲している、電子化で人件費がカットできるのは、それはそれで困る…等です。人件費の神聖性についてはここでは触れませんが、マニュアルで行う割の合わない作業は、ただ時間が掛かり、コスト削減機会を逸しているだけではなく、実は機会損失も発生させている事実に気づかなければなりません。紙を一枚ずつ処理することで、一取引あたりの処理時間が長くなり、新規の取引を受け入れる余力がなくなります。また、処理に掛かるバックオフィスのコストは自然と顧客への商品・サービスに転嫁され、競争力のある価格/料率を提供出来なくなっています、気付かないうちに。単にバックオフィス業務のコスト削減の話だけではないのです。紙がもたらす社内業務の圧迫は、収益向上につながる施策の幅を狭める結果に繋がっています。これは現場部門が声を上げる必要があるでしょう。「企画部門が考えるべき」と切り捨てることは出来ません。同じ会社なんですから。

「今でも出来ています、メールとPDFで」

少し進んでいる企業では「ウチは紙を使わずメールやPDFでやれてます」というパターンもあります。これも「先進的」ではありますが、電子化は手段であり目的ではありません。紙の撲滅は、必ずしも業務効率の向上に繋がるとは限りません。メールやPDFを一旦印刷して念のため目で確認…では意味がありません。朝一にメールボックスを開くと、「最新版」の添付ファイルが付いたメールで溢れている日常は、机の上にレビュー要の書類が山のように積み上がっているのと同じです。山積み資料をレビューした後に、「差し替え」と付箋の貼られた資料を見つけてしまったことはないでしょうか。

Photo by Sharon McCutcheon on Unsplash

もしくは、顧客に対し最新のPDFを送ったつもりが、「こちらが最新でした」と社内から背中を刺された経験はないでしょうか。これもオフラインでの調整が引き起こす手戻り作業です。時間を取られてしまう以上に顧客に迷惑を掛けます。このように電子化していても、情報自体の一意性の欠如と、関係者間における情報の分断は、認識相違を発生させ、一連の業務プロセスを滞らせます。そして、一取引あたりの処理時間が長くなり、機会損失も発生させます。目的である業務効率の向上のためには、社内、社外を含めた全体のワーフクローを通じて、一意性のある情報がリアルタイムで共有されないと、本当の業務改善まで辿り着けません。

「APIじゃだめですか?」

情報の共有と言えば、APIで連携すれば良さそうです。APIとは”Application Programming Interface”の略で、まさに異なる関係者間でデータのやり取りを実現する仕組みです。「APIでエコシステムを構築する」という発想は、新規ビジネスを考えている企画部門の人にとっては自然な発想です。APIを使えば、必要な情報を自由に取得して、マッシュアップした便利なサービスやポータルを作成できます。APIの身近な例で言えば、マネーフォワードがあります。これは、個人が銀行等から入出金等のデータを取得し、集約して照会出来るサービスです(マネーフォワード MEの場合)。あまり意識しませんが、私たちは銀行のAPIからデタラメなデータが送られてくるとは思いません。ただ、取得したデータそのままで表示される残高の少なさにHa!となるだけです。

確かに、APIで情報を取れるのであれば、それでも良さそうですが、エンタープライズ・ブロックチェーンが想像(創造)している世界を表現するには少し辛いかもしれません。

まずは、この情報共有に参加する企業全員が独自のAPIの口を開発する必要があります。10社いれば10種類です。もしかしたら、10社中4社は同じパッケージ製品を使っていて、ここは共通のAPIを使える?と淡い期待も抱けそうですが、日本ではパッケージ製品を個別カスタマイズして使うのが一般的なので、そうは問屋が卸さないでしょう。結局、参加者の数だけAPIを作り、参加者の数だけ接続し合う結果となります。

Photo by Alina Grubnyak on Unsplash APIでエンタープライズ・ブロックチェーンの世界を組むのは大変そう

インテグレーション(APIと既存の社内システムが整合するようにシステムを改修する)作業も結構大変かもしれません(これはSIにとっての”ビジネス”である点も忘れずに覚えておきましょう)。また最終目的である業務効率化を実現するためには、APIで情報を受け取った後の処理も統一(標準化)する必要があります。他社の都合に合わせて、“ウチ”が仕様を合わせにいくのは内部で承認が降りないでしょう。仕様が異なれば、情報を送り合っても異なる処理(計算)結果がデーターベースに保存される結果となります。各社がこれに対応するコストは、業界全体のコストを押し上げます(業界全体に対するSIの収益を向上させます)。またAPIは無料で使えるもしくは導入コストが安いと考えている人もいますが、企業間取引でAPIを無理に使おうとするとそうとは限りません(EDI然り)。理由は上記の通り。APIを通じて取得しただけの情報だと対改ざん性の面で問題があります。この点、”頑張って”電子署名技術を組み合わせれば解決出来ますが、情報の原本性までは保証出来ません。なので、ワークフローの導入して整合性を確保する”頑張り”も必要となるでしょう。もうそこまで頑張らなくても良いのです、私たちにはエンタープライズ・ブロックチェーンがあります。

アフターデジタルで考える

「アフターデジタル」という本では、オフラインを起点とせず、「最初からオンライン」という考え方が紹介されています。つまり、今「紙であるもの」を電子化するのではなく、「電子で始まり、電子で終わる」という世界観です。本の中では例として、「レジのないコンビニ」が取り上げられています。これは、人手に頼っていた既存のレジを「無人化」するのではなく、そもそも「最初からレジなし」の店舗を発想し、それに必要な技術を実装するという考え方です。一歩先の改善ではなく、二歩先を見えて、一段スキップしてしまう発想です。

ブロックチェーンを幻滅させている“今でも頑張れば出来ること”の電子化は、一歩先の改善に当たります。信頼ある原本である紙があり、その確認作業等を出来るだけ効率的に行うために電子化する、これは”ビフォーデジタル”の発想です。あえて二歩下がって考えると「そもそもこの紙って必要だっけ?」という課題認識になります。一番の壁である「原本性」については、ブロックチェーンが解決出来ます。

三井住友銀行が取り組む貿易金融のプロジェクトMarco Poloは、まさに”アフターデジタル”の世界観を実装しています。Maco Poloが将来提供する「支払保証」のサービスは、誤解を恐れず言えば、そこには「銀行が支払を保証しますよ」という関係者間での合意しかありません。何か紙の原本が海を越えて回覧されるのではないのです。

多対多で「繋がる」世界

“アフターデジタル”の世界では、「まずは電子化して…」という問題が起きていませんので、簡単に他プレイヤー(多プレイヤー)とデータ連携が可能になります。ブロックチェーンの業界では、インターオペラビリティーという言葉で表現されます。各社、各コンソーシアムが取り組んでいる個別のユースケースは、将来的には繋がって使えるようになります。例えば、貿易金融、保険、サプライチェーン・マネジメントにおける受発注やトレーサビリティー等が繋がり、必要な情報がネットワークからネットワークへと移転し、新たな商品・サービスの原材料として活用されます。当然、紙の出番はありません。(この世界は別途ブログで書こうと思います…)

「直じゃダメですか?」

ブロックチェーンの活用領域で悩んでいるエンドユーザーのお客様は、大勢いらっしゃると思います。単に紙の電子化による業務改善という文脈だけで考えるとすぐ躓きます。なぜなら、全ての書類を電子化するのはかなり困難だからです(つもり電子化出来ない紙が残ってしまい、部分的な効果しか得られない)。そこで幻滅せず、二歩下がって考えると、「そもそも(紙では管理せず)直で良くない?」という発想が出てきます。ICタグやQRコードで読み込み直で入力する、直で相手に送信する…おそらくそれは、最初から電子化されたデータが”API”のようにやり取りでき、もちろん電子署名で対改ざん性が確保され、どういう訳かデータが原本のように扱える世界でしょう。すると、自然とブロックチェーンが”浮上”してきます。二歩先のソリューションです。

トレンドは作るモノ

まだブロックチェーンを実ビジネスに適用した事例(特に日本)が少ないのは事実です。とは言え、ガートナーのハイプサイクルは、「ブロックチェーン導入事例数の減少」を表現しているのではなく、「ブロックチェーンが何でも解決してしまう魔法の杖ではなかった」ことを表現しているだけです。むしろ開発・導入事例は増加傾向にあります(ベンダーからの情報だけでなく、是非一次情報に触れて下さい)。ガートナーのハイプサイクルを見ていると、株式チャートにも見えてきますが、ウォール街では「人が売るときに買い、人が買うときには売れ(Buy when others sell; Sell when others buy.)」という格言があります。これはトレンドとは反対の行動を取れば、結果的に大きな利益を上げることが出来る、という意味ですが、まさにブロックチェーンに取り組む業界リーダーには、このような動きが見られます。つまり、トレンドを追うのではなく、トレンド自体を作りに行く動きです。幻滅期に入ったガードナーのハイプサイクルは「追う」のではなく、「押す」方が賢い戦略かもしれません。

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山田 宗俊 (Munetoshi Yamada)
Corda japan

エンタープライズ・ブロックチェーン企業R3とSBIの合弁会社SBI R3 Japanでビジネス開発しています。Corda推。