POCでビジネスを再考する

~ブロックチェーンで世界を変えるための第2歩~

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※本ブログで取り上げるCordaはエンタープライズ向け(企業間取引向け)ブロックチェーンである点を念頭にお楽しみ下さい。

ブロックチェーンの世界では、どの会社もまずはPOC (Proof of Concept、実証実験)から着手するのが一般的です。ブロックチェーンは新しい技術であり、いきなり全面採用することはないからです。それにしても、POCとは一体何でしょうか。POCでは何をゴールにして検討すれば良いのでしょうか。今回はPOCの意義について議論したいと思います。ただこれを検討するには、伝統的な社内システム開発の現状(隠れた前提)から理解する必要があります。

要見直しです。

計画8割だけど、それって大丈夫?

大規模なシステム開発は、次のステップで行われるのが一般的です。

  1. ユーザー企業:IT投資計画の一環として、各プロジェクト案毎の ROI(投資対効果)を測定。必要コストを上限に外部ベンダー(SIer)へ発注
  2. SIer:ユーザー企業からの依頼を受け、多くの場合、ウォーターフォール型開発(もしくはフェーズ毎に分けたスパイラル開発)を提案・実施
  3. において、IT投資のROI測定方法は、例えばシステム導入後の5年間で得られるキャッシュフロー(売上向上もしくは業務改善効果)が投資額であるシステム開発費用を上回るのか、といった簡便な回収期間法がよく採用されています。このキャッシュフローの予測には多くの前提条件が必要となりますが、問題はブロックチェーンを使ったアプリケーションの場合、自社だけでコントロール出来る前提条件が少ないという点です。ブロックチェーンはそもそも社内での情報共有(例えばナレッジ・シェアや勤怠管理等)で使われるものではなく、社外との取引や対改ざん性の求められる情報の共有で使用されます。アプリの利用ユーザーは自社だけでなく、グループ会社、関連会社、取引先、顧客、競合会社など多岐に渡ります。業界横断でネットワークとして利用されるブロックチェーン・アプリケーションのROIを、企業単体で予測することは非常に困難です。そして、このキャッシュフロー予測に対する不確実性は、2. SIerのシステム開発の手法にも影響が出ます。つまり、発注側であるユーザー企業は期単位、年単位でのいくら投資すればペイ出来るか判断出来ず、結果、ベンダー側によるウォーターフォール型システム開発を前提とした、長期計画の立案もまた困難となります(もしくはえいやっと計画するしかない)。

計画→POC? or POC→計画?

自社でコントロール出来ない前提条件ばかりでは、精度の高い計画は立案することは出来ません。計画に必要な前提条件としてのデータを揃える、これがPOCの一義的な目的です。従来型のシステム開発に親しんだ人からすると、この点の受け入れに抵抗があり、POCをやるかやらないかの机上の議論だけで数カ月掛かるケースもあります。この期間の人件費を考えれば、さっさとPOCは短期間で終わらせて、そのアイデアの筋が良いのか悪いのか判断してしまった方が効率的ですね。こういった背景がありますので、POCは通常、アジャイル型でプロジェクトを進め、例えば8週間で完結させます。この期間内に、必要最小限の機能を持たせたプロトタイプ(MVP : Minimal Viable Productと呼びます)を開発し、実際に動かしながら業務のイメージを掴んでいきます。実際にモノを動かしてテストするため、取引相手となるプレイヤーも必要となります。そのため、POCは自社だけで実施するのではなく、競合相手等の取引相手も巻き込んだ、コンソーシアム型で取り組むのが理想的です。そうすることで、そのプロトタイプが商用化された場合に、ネットワーク全体としてどれだけの業務改善効果があるのか、より精度高く予測することが出来きるからです。

といっても、それだけではPOCは始められない…

計画に必要なデータを集める目的でPOCを実施するという理屈は分かるものの、やはりそれだけではPOCの稟議は通りません。ROI以外の要素となると定性的効果になりますが、どうにか魅力的で破壊的な効果が欲しいですね。実はPOCの目的は、データ集めだけに留まりません。真の目的は、これまでコントロール出来なかった他社との協働によるビジネスモデルの再考です。本当に出来るのでしょうか。

ビジネスモデルを再考する

ビジネスモデルを再考するといっても、簡単ではありません。現行業務に慣れ親しんだ人ほど、現状の当たり前が頭の中に根付いており、ビジネスモデルをゼロベースで検討することが難しくなります。どうすればアイデアの着想を得られることが出来るでしょうか。POCでプロトタイプを作るのは、実はこれが目的です。実際にエンドユーザーが手で触れて、取引相手と業務をシミュレーションしてみることで、現状とは違う部分に気が付くはずです。といっても、ユーザビリティー(使い勝手)の話をしている訳ではありません。POC段階でユーザビリティーは重要ではありません。なぜなら、ユーザビリティーの向上は商用化を前提とした本格的な開発段階でいくらでも改善可能だからです。POC段階では、プロトタイプで何が出来て、(頑張って追加開発すれば)何までなら出来そうで、もしそれが出来るとこんな新しいビジネスモデルを構築出来るかも?、といったアイデアの着想を得て、現状のビジネスモデル自体を再評価することが重要です。

どのような観点で再考すれば良いか?

ブロックチェーンと言えば「対改ざん性」が最大の特徴であるため、「当社にとって、対改ざん性が必要となるデータって何だろう?」という観点で検討される会社が多くあります。この観点も大事なのですが、ブロックチェーンにはそれ以外の観点においても、ユーザーにとってメリットのある仕組みを構築することが出来ます。中でもよく見落とされがちな観点は、社外との取引や情報共有のリアルタイム性です。これまで月次、日次で当たり前のようにやっている業務プロセスにリアルタイム性が持ち込まれると何がどう変わるのか。「そこまでリアルタイム性を求めていない…」といった意見を聞くことがよくありますが、これは現状の規制や取引慣習を前提に考えている場合です。一旦、当たり前を取っ払って、ゼロベースでPOCの成果を評価しましょう。もしリアルタイムに社外とやり取りが確実に記帳される仕組みを業界横断で利用出来るとしたら…

ブロックチェーンによるリアルタイム性が非常に有効となる具体例としては、当局報告があります。例えばCordaを使えば、現状、期毎に報告している内容をリアルタイムに当局などの監督者側(報告を受ける側)に共有することが出来ます。これによるメリットの一つ目は透明性の向上です。監督者は、期毎でしか確認・監査出来なかった取引情報等をリアルタイムに参照することにより、迅速な問題発見、指摘、改善が図れます(SupTechと呼ばれる分野)。もう一つ、報告する側のメリットは何でしょう。期毎の報告業務が一切不要となります。厳密に言うと、取引の都度、当局報告をしていますので(リアルタイム情報共有)、まとめてバッチ処理する必要がないのです。これは非常にROIが高そうですね。

ブロックチェーン・アプリケーションの特徴を知る

繰り返しとなりますが、ブロックチェーン・アプリケーションは、個社で使うものではありません。他社と共同でネットワークとして活用することで、他社との取引における業務負荷を軽減することが出来ます。現状、社内で使われているワークフロー(上長からの承認、他部署による確認など)が社外とのやり取りにも広がるイメージ(取引相手との契約締結)です。開発コストの観点で考えると、「割り勘」効果が働き、さらにROIが向上します。より多くの会社がそのアプリケーションのユーザーとなることで、さらにROIは向上します。そして、ユーザー数が増えていくとある一定の閾値を超え、爆発的に利用が加速すると予想出来ます。これのことをネットワーク効果と呼びます。この点がこれまでの一般的なソフトウェアと異なる点です。ブロックチェーン・アプリケーションは、ネットワーク効果が働きやすく、一度広まったアプリの勢いを後から追いつくことは非常に困難となるでしょう。つまり、作る側からすると「早い者勝ち」の様相を呈する状況が容易に想定出来ます。

業界別コンソーシアム立ち上げの動き

世界中でブロックチェーンのコンソーシアムが立ち上がっている背景には、以上のような状況があります。日本でも既に、証券コンソーシアム(led by SBI)トレード・ファイナンス・コンソーシアム(led by NTT Data)、クレジットカードコンソーシアム(led by JCB, SBI)、不動産コンソーシアム(led by LIFULL, NTT Data)等が、ブロックチェーンを活用したPOCを始めています。おそらく2019年はさらに業界別コンソーシアムが複数立ち上がってくることでしょう。

コンソーシアムには、複数の競合相手同士が集まるため、利害関係の調整は困難を極めます。そのため、コンソーシアムに「作る側」の立場として参加するベンダーには、よる強力なリーダーシップの発揮が求められます。ベンダーがネットワーク効果によるメリットを享受出来るまでには非常に時間が掛かりますが、リスクを取っていち早く取組みを開始し、業界のビジネスモデルを再考出来るベンダーが、日本のブロックチェーン・シーンを先導していくのではと思っています。

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山田 宗俊 (Munetoshi Yamada)
Corda japan

エンタープライズ・ブロックチェーン企業R3とSBIの合弁会社SBI R3 Japanでビジネス開発しています。Corda推。