スタイルなくして動きはない

スケジュールがシステムとなり、システムが量となり、量が質となる

日常的な筋トレ時間が取れない人は、毎朝起きるたびに「もうちょっとやる気があったら今日やるのにな」と思っている。
書き物をするためのまとまった時間を取れない人は、気がつくと「自分には書くための意志がたりない」などと言っている。

スタイルなくして山に登ることはできない

たとえ一行も書けないにしても、とにかくそのデスクの前に座りなさい、とチャンドラーは言う。とにかくそのデスクの前で、二時間じっとしていなさい、と。
 その間ペンを持ってなんとか文章を書こうと努力したりする必要はない。何もせずにただぼおっとしていればいいのである。そのかわり他のことをしてはいない。本を読んだり、雑誌をめくったり、音楽を聴いたり、絵を描いたり、猫と遊んだり、誰かと話をしたりしてはいけない。書きたくなったら書けるという体勢でひたすらじっとしていなくてはならない。たとえ何も書いていないにせよ、書くのと同じ集中的な態度を維持しろということである。
 こうしていれば、たとえその時は一行も書けないにせよ、必ずいつかまた文章が書けるサイクルがまわってくる、あせって余計なことをしても何も得るものはない、というのがチャンドラーのメソッドである。

気がつけば世界を失いつつある

僕が何をしているか、僕以外の誰も気にかけてはくれない

問題はだいたい次のように定義できるだろう:
1. 私の脳が定期的にデジタルの情報を閲覧することによって放出されるドーパミンを欲しがるので、読書ができない。
2. 私はこのデジタルドーパミン中毒のせいで本・仕事・家族や友達との時間に集中しにくくなっている。

フィードバックをかけられない毎日は、砂上の楼閣と同じだ

いろいろな考え方もあると思いますが、私は KPI には、自分を追い込むための数字は使うべきではないと思います。たとえば「本を読む」という目標に対して「毎日読んだページ数」を指標として採用することもできると思いますが、なんだか読書から喜びを奪いますし、どこか苦行めいていますよね。
逆に「30分以上読書できた回数」だと、カレンダーをみて先回りをして、ここで30分を用意しようといった考え方もできますし、最近読書に向き合えているかどうかを判断できます。指標があまりに満たせていないなら、そこが工夫のしどころとなるわけです。
数字ではなく、yes/no で答えられる質問だって指標になります。「今日は充実していたか?」「今日は健康だったか?」という質問をスプレッドシートでまとめるだけで、no の日が多く続いているならなにか方法を変えようという振り返りに使うことができます。