世界の肘を暴け:Cubit始動にあたって

『Cubit(キュビット)』は、佐々木敦×ゲンロン批評再生塾の第2期生が中心となって立ち上げた批評同人Webサイトである。2016年の初夏から翌年の冬の終わりにかけて、2期生は繰り出される課題とともに、講師や塾生、先輩である1期生、そのほかさまざまな人の叱咤激励に揉まれながら、1年弱を駆け抜けた。これまで正規塾生として、いわば補助輪付きで書いてきた2期生にとって、この『Cubit』がこれからの拠点である。

先輩であるところの1期生たちは、修了後に批評同人誌『クライテリア』を創刊した(この名は T・S・エリオットによる文芸誌『クライテリオン』に掛かっている。)この誌名には、巻頭言「様々なる基準」が示すように、批評を、もはや単一的には成立しなくなった無数の相対軸のなかで立ち上げてゆく、という気概が込められている。そして『Cubit』という名は、『クライテリア』との連なりを多少なりとも意図してつけたられものだ。

辞書的にいえば、キュビットは古代オリエントの長さの単位である。王の指先から肘関節までの長さが、1キュビット。もとは肘、肘骨を表す単語であり、これは関節にまつわる語に通ずる。たとえば明瞭な発音とか、旋律の抑揚付けを意味するアーティキュレーション(articulation)は、明瞭さを表現することを通じて、あるいはそのために、節の位置をも明らかにする。そしていささか唐突に付け加えれば、関節を明らかにする行いは、飾り立てる動きにも通じる。

装飾のあるところに関節が、肘がある。古代ギリシャの神殿の柱頭が、そのことを教えてくれる。初めのころの柱頭は、平板な方形の柱頭板があからさまに見られたが、紀元前4世紀になると柱頭から渦巻き模様があらわれ、ヘレニズムの時代になるとアカンサスの葉が芽吹いた。優雅に、そして煌びやかに飾られていくにつれて、柱頭の素のままの関節は覆い隠されていく。だがかえって、柱頭はおのれが屋根とそれ支える柱の接点に位置していること強調し、ときに誇張すらする。飾れば飾るほど、関節=肘としての柱頭は自らにかかる加重が大きいかのように、あるいは別な力が伝わっているかのようにあらわれる。装飾が隠しながら明らかにしようとしている肘、あるいは肘を覆うように這い出る装飾。(だとすれば、ダミアン・ハーストが海底から引き上げた「宝物」に勢いよく繁茂しているあの珊瑚たちは、わたしたちにどのような肘のありようを示しているのだろうか?)

『Cubit』は、関節を明らかにする柱頭の装飾に、批評を紡ぐ意志を重ねようとしている。作品や現象に対して言葉で応答することを、伸びゆく渦巻き模様や、アカンサスの葉になぞらえようとしている。対象が抱えているある可能性、いまだ見出されていない肘を、言葉を通して暴こうと試みる。——これから掲載するさまざまな論考には、論者それぞれに語りの方向性の違いこそあれ、このような言葉への意欲が通底してるさまを読み取ることができるはずだ。ときには対象との苦闘の跡として読むかもしれない。わたしたちは読者であるみなさんの反応を望む。批評再生塾を通して受け継がれ、培われた言葉への意欲、批評することの火を、この場所を介して分かち合いたい。

世界のあらゆる肘を暴け。わたしたちは主任講師・佐々木敦が開講宣言で打ち上げた「批評れ!」を、なおも書くことの動力源としつづけるものたちだ。2期生を呼び集めたこの警笛のような一語を、『Cubit』に絡めてこのように言い換え、これよりふたたび発進する。

『Cubit』へようこそ。

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