批評再生塾体験記――山下研の場合

批評再生塾第2期が終わってしまって寂しい。

2016年6月におこなわれた第一回講義のときは、7カ月におよぶ17回の講義(と原稿提出)を想像して気が遠くなったものだが、始まってみればプログラムはあっという間に過ぎ去っていった。それはとにかく濃密な時間だった。

幸運にも総代に選んで頂いたが、この「批評再生塾」は本気でこなせば誰でも大きく成長することのできるプログラムだと自信を持って言える。ここではその理由とそこで得た発見を簡単に記しておきたい。少しでも第3期への入塾を検討している方の参考になれば幸いである。

(基本的な概要については以下の公式HPを見てください!↓↓)
http://school.genron.co.jp/critics/

批評再生塾には大きな特徴が二つある。
 一つ目は「2週間に1回締切がくること」
 二つ目は「文章が読まれて審査されること」である。

まず一つ目の「2週間に1回締切がくること」だが、これはいかなる塾生にとっても初めての経験になるはずである。(売れっ子の)プロの批評家でない限り、4,000字の批評文を2週間に1回、人に読まれて審査される緊張感のもとに書くという経験をしたことはないと思うからだ。
この半ば強制/矯正的なプログラムをこなすことでそれなりに見えてくる地平がある(一期生の綾門優季氏が再生塾こそ「批評家養成ギブス」の称呼にふさわしいと言ったのは、この点で完全に正しい)。

おそらく批評再生塾に入ることを考えている人は、批評が好きで批評に対して一家言ある方だと思う。僕だってそうだった。入塾以前からそれなりに批評を読んできた自信があったし、批評同人誌を仲間とともに年2回のペースで作成してもいた。しかし、2週間に1回4,000字の批評文を書くというプログラムを前にしてそんな経験は全くと言っていいほど役に立たなかったといっていい。
僕はこの締切に追われる7カ月を通して、後半で述べる二つの大切なことに気づいた。とにかく量をこなすことで書き手としてのレベルが上がる。これは機会が与えられない限り実践することは難しい。

二つ目の特徴である「文章が読まれて審査されること」も大事なポイントだ。40名の参加者のなかから登壇できるのは僅か3名である。選ばれたあの人は「何がよかったのか」、選ばれなかった自分は「何がダメだったのか」を必然的に考えざるをえない。これはTwitterやブログで自分の好きなことや関心のあることを漫然と書くだけでは絶対に得られないモチベーションを与えてくれる。また不特定多数の読者に読んでもらえるという点でも研究では得られない刺激があるはずだ。

批評再生塾は批評をとにかく2週間に1回書き、それが審査されるというサイクルに大きな価値がある。それを繰り返すうちに僕が自分なりに掴んだ批評文の書き方のコツのようなものをここに書いておきたい(体験記といいつつ、実践的な話になってしまった)。少しでも3期に参加される方の役に立てば嬉しい。

① 考えたことを全部書かない=(4,000字の)批評文は減算思考!

再生塾で求められるのは4,000字の批評文である。長いと感じる方もいるかもしれないが、じつは4,000字はとても短い。つまり、基本的にワン・テーマで書いた方がいいということだ。
 プログラムがはじまったばかりの頃の僕はまったく批評を書き慣れておらず、「考えたこと」をすべて文章のなかに入れ込もうとしていた。せっかく思いついたのだから書きたい!という貧乏性や、あんなネタやこんなネタがあり全部知っているからね!という虚栄心に苛まれて、一つの批評文に複数のテーマが混然一体となったまま書いてしまっていた(この症例は特に第2回 東浩紀回、第3回 大澤聡回の僕の論考が典型的ケースなので各自参照されたい)。

ワン・テーマで書かれていないということは、それだけ読者が論旨を追いづらいということを意味している。しかも媒体はwebであり、字数は4,000字しかない。論旨があっちにいったりこっちにいったりしたら、読者はすぐに疲れて読むのをやめてしまう。真面目に読んでくれる読者さえも「自分は今、何の話を読んでいるのか」を見失ってしまって、あまり満足してくれないかもしれない。なによりも議論が深まっていかない。
そういう意味で論旨の追いやすさはとにかく重要だ。構想を練る段階では思考を分散させることはとても有意義だと思うのだけど、書く段階ではとにかくテーマを見極め、そのテーマから逸脱する「ノイズ」は徹底的に削るべきだ。

なんだかエラそうに語っていますが、僕は今でも書くときには「考えたことを全部書かない」「批評文は減算思考」と呪文のように頭でつぶやいている。そうしないと、すぐにこの禁を破ってしまうくらい誰しもがやってしまうミスだと強く思う。
 この論旨の追いやすさは次のポイントである「構成」にも深く関わってくる。

② 考えた順に書かない=(4,000字の)批評文は第一段落が大事!

なにを当たり前のことを、とあなたは思うかもしれない。しかし、これは僕が再生塾に参加して課題をこなしていくうちにようやく気付いた超絶重要ポイントだ。
 恥ずかしながら、これまで一人の読者として批評文を読んでいるとき、僕はほとんど「内容」にしか目がいっていなかった。そこで主張されていることだけが重要だと思っていたのだが、じつは批評文は「内容」と同じくらい「構成」が大事だということをプログラムをこなしていくうちに気付いた。はじめの頃の僕は頭で組み立てた論理の流れを、そのまま文章にしてしまっていた(この症例は特に第2回 東浩紀回…以下略)。しかし、この書き方では「構成」が疎かになってしまうし、なにより読者を引き込んでいくフックとなるような逆説を提示できていない。

批評文の一つの型として「常識的前提の転覆」があるように思う。皆がAと思うことを、違う本当はBなんだ!と主張する構成がこれに当たる(千葉雅也さんは講義で「奥義・逆照射の術」と呼んでいらっしゃいました)。この転覆にあたる、おもしろい見立てを導入部=第一段落近辺で展開するというのが(オーソドックスではありますが)、批評の模範的構成の一つではないだろうか。

どうしても人は考えたとおりに書いてしまったり、一度書き上げた文章の順番を直すのに心理的抵抗を覚えたりもする。しかし、くり返しになるのだけど批評文は「内容」と同じくらい「構成」が大事だ。同じことを言うにも、読者にいかに面白く読んでもらえるか(構成に裏切りや緩急があるか)を第一に優先すれば、書き方のバリエーションはじつに様々だ。少しでも驚きや意外性があると読めるように文章を演出した方がいいと強く思う(個人的にこの点に気付いてから、柄谷行人の批評を読むのが一兆倍たのしくなりました。柄谷の批評は驚くほどダイナミズムに満ちた「構成」を持っています)。

「構成」の議論は突きつめていけば、書き出しの一行問題にもなる。多くの批評家は恐ろしく魅力的な文を論考の一行目に持ってきていたりするので、そういう観点で批評を読んでいくのも面白いと思う。

※二期で「これはいい第一段落だ!」と感じたものを思いついた順に並べておきます↓
 大澤聡回の福田正知、五所純子回の谷美里、大澤真幸回の横山祐など。他にも色々あるはずなので探してみてください!

ここまででおよそ3,000字である(やっぱり4,000字は短い!)。上記2点が僕が再生塾に参加して気付いた発見だ。当たり前のことと思うかもしれないが、理解することとそのように書けることには大きな懸隔がある。僕自身、この二つを言い聞かせながら批評文を書くようにしているが実現しているかどうかはどうにも心許ない。

あとは批評文の書き方に関しては第59回群像新人評論賞優秀作を獲られた、荒木優太さんの以下の記事がとても役に立つことと思う↓(僕の批評文に「換言すれば」が散見できるとしたら、それは完全に荒木さんの影響です笑)。

新人(賞)の方法 « マガジン航[kɔː]
http://magazine-k.jp/2015/10/13/method-for-literary-newcomer/

僕が言いたかったのは批評に少しでも興味のある方は批評再生塾に入るべきだということだ。なによりプロの批評家を目の前にすることでしか、得られないものがある。僕は今でも斎藤環に「なぜ写真は絵画を駆逐できなかったか」、大澤真幸に「あなたにとって資本主義とは何ですか」、東浩紀に「君に批評をやる覚悟はあるの?」と不特定多数の視聴者の前で問われたことを思い出す。それは眩暈のような経験だった。

とにかくこのプログラムに参加することで批評を書くにしても読むにしても、その幅が大きく広がることは間違いないと思う。
 一観客として批評再生塾第3期をとても楽しみにしています!
 (3669字)

山下研

Show your support

Clapping shows how much you appreciated 山下 研’s story.