本のカバーってなのためにあるのか?

どうも。ダイレクト出版のHaです。

私は本が大好きです。自分がわかる言語で書かれた本ならとりあえず読んで見たいと思います。そして、同じ本を読んでいる人たちと意見を交したいです。GoodReadsというSNSに参加して、興味のある本のレビューを読んたり意見を出したりしています。一冊の本でソーシャルの繋がりが広げることは当たり前だと思っています。

そんな私にとって「本のカバー」の不思議な存在です。

紀伊国屋書店によく行っています。本をレジに持って、会計を終えてから店員さんはよく「カバーはつけますか」と聞いてくれます。今になって慣れましたが、最初びっくりしました。カバーって何、本にはもうカバーがあるじゃないかと。書店のブランド名がついている紙のカバーと、思っていた本のカバーとまた違うものです。

でも、よく電車の中やカフェで見かけると、日本ではみんなカバーをつけるまま本を読んでいます。友達に聞いて見ると、読んでいる本を見るとその人のことをわかるので、他人に見せたくないからと答えてくれました。さっぱり理解できません。

旅行に行く時よく本を持って行きます。空港での待ち時間や、宿泊先で読むことが多いです。読んでいる最中に声をかけられたことはしょっちゅうあります。「私もこの本が好きだよ」、「この作者いいですね。好きですか?」とか、声をかけられます。その場で、仲間を見つかる感覚ですね。話が盛り上がってて、登場時間ギリギリまで話すこともありました。

自分にとって、そのような経験がとても大事にしています。本のことなので、人によって解釈が違うし、話し合いによって自分が無視したところを再発見できるし、楽しい経験です。なので、本のタイトルを隠したくない、逆に全面に出したいです。

今働いている会社はダイレクト出版です。名前の通り、出版社です(ちょっと変わっている出版社ですが)。ダイレクト出版が出す本ってカバーで包む本じゃありません。サイズ的も、内容的も。逆に、カバーで包むともったいないと思います。とてもいい本ばっかりで、さらに意見交換ができたらもっと価値を感じられる本だと確信していますから。

もちろん、書店で販売している本のカバーは可愛いと思いますよ。読む時に本を汚れないように使うのはいいと思いますが、本のタイトルを隠すために使うのは、まだ理解できません。

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.