「改善欲」

人間の知られざる欲求…?

人は、もしかしたら、「何かをよくしたい」という気持ちを、誰もが持っているんじゃないでしょうか。

よく、インターネットでは「素人がデザインに口を挟むなんて」とか、まぁよく、そういう素人なのにという言葉とか、聞きます。

私、なんでなんだろうって思うんです。いや、ネットが素人のくせにということじゃなくて、自分も素人な分野にそうやって口をはさみたくなってしまうから。
頭ではわかってるんですよ、彼等のほうがずっとやってきた年月も経験も多いって。別に認めてもらう必要のないところでも(承認欲求の働かないようなところまで)、そういう意識が働くことがある。

きっと、これは、「改善欲」なんだと思います。

聞いたことを片っ端から改善せずにはいられない―

でも、じつはその改善って、突拍子もない意見や数撃ちゃ当たる様に見えて(そういう場合もありますけれども)、地道にデータを集めて観察してこないと、出来ないんです。地道に集めたデータからBreakthroughを起こすために、突拍子もない意見を使うことはあるでしょうが、それにしたって、綿密な計画を要します。

でも、傍から見てるとすごい当たり前のように思えたり、ユーザーの視点に立ったときに、それ俺が前から言ってた機能や、とか、回り回って結局自分の意見と同じじゃん、とか、そういうことが少なからずあるんです。

で、こういう体験って外れたときって覚えてないんですよ。これ私、最近意識するようになって気づきました。ひどいときは改善されたときもはや気づかないとかもある気がします。

で、厄介なことに外れることが案外多い。

でも、みんなわりと成功体験しか無い。自分が当事者である場合は失敗が脳裏にしっかりと焼き付くため改善欲として表に出ることはなくても、他の分野では改善欲で覚えてないがゆえに成功体験しか無いために、欲が欲を呼び欲と成る。そして改善欲が生まれてくる…のではないでしょうか。

だから、何が言いたいかって、しっかり表に出すことです。一見すると改善欲の根本的な問題発生源のところと相反しているように見えますが、改善欲はその性質上外れたことを知らない限り治らないのです。

知り黙るか、知り饒舌に成るか。この2つに1つしか、先はあってはならないのかもしれません。そのためには知らずに饒舌になり、撃沈することが必要なの…でしょう。きっと。

だから、アウトプット、なんでしょうね。あああ…そういう面で言うと、私はド素人だ…