薄い色も、濃い色も、好き。

色は組み合わせてはじめて意味を持つ。

Photo by CreatorQsF(くすふ) (article author)

ちょっと前、具体的には2016-2017年の冬から、薄い色にはまりだした。

もともと、とても華やかな、ビビッドな色合いを好んでいた。今も嫌いじゃない。

でも、本当にある時に、ふと、薄い色に気がついた。全体が白っぽくて、ふわっとしていて、曖昧な色使い。

空は青いほうがいいと思っていた。草は緑が正しいと思っていた。

だから、冬の景色は好きか嫌いかの2者だった。雪が降れば全体が白くなる。雪は白くあるべきなんだ。でも草花は茶色くなる。緑がいい。

そういうステレオタイプを、どこからか、そしていつからか、持ち続けていたような気がする。


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実際、ここまでに貼った2枚、そしてこの後にでてくる1枚も、がっつり編集をかけて薄い色に見えるように調整しているだけだ。

編集には、filmというアプリを使っている。いまのところこれで編集した色合いは好きだ。いまのところは。

だけども、編集するのはそんなに好きじゃない。「存在している色」を蔑ろにしたとしたら、ことは、私にきっとまた、こういう記事を書かせることになる。

でも、自分の世界観を表現することは大事だと思う。自分の中の発見や、大事にしているものを、世の中に発信することは、私が時間を掛けて、ここや違う場所で、ひたすらに、やってきたことなのだから。


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デザイナーをやっていると、色と向き合う時間はどうしても長くなる。

組み合わせを選ぶということは、選ばれなかった色もあるということなんだ。

何を選ばないか、つまり、減算は、現代においてとても重要な意味を持っている。足すばかりでなく、なにをひくか。

選ばないことを選ぶというのは、それはまた勇気がいる。


なぜ、Pixelmatorなどで、ちゃんと薄い色に、色と向き合いながら編集しないかといえば、私にはそれが出来ないからだ。

白いキャンバスの上で自己表現するときは、足し算なので、足しすぎないようにするのはそれほど私にとっては難しくない。

だけども、すでに色の入ったキャンバスから、何を取るのか、それは難しく感じる。

だから、ビビッドな色は、私にとっては楽だ。とらなくていいから。だから好きだったのかもしれない。

でも一度、薄い色に挑戦しようとすると、それは途端に難しくなる。

写真の中に何を残すべきか。何をもって、それはそこに、色として存在するのか。

自分の中のそういうところと向き合いたくなった。だから、薄い色を、追いかけてみたい。