Deathについて喋るんデス

現代社会は「死」をタブー視していると度々言われる。また、「死ぬってなに?」、「いのちとはなに?」と問われても、それを説明するのは容易ではない。しかしながら、確実に言えるのは、私たち人間は必ず、「死に逝く存在である」ということ。

「若さ、健康、役に立つといった物差して幸せをめざして生きてきた誰もが、どんなに逃げまわっても、必ず、老・病・死につかまる。」(医師、田畑正久)

忙しい日常の中で考えることが少ない「死」について、「カジュアルにしゃべる場所があってもいいじゃん、どうせ私たち死から逃げられないんだし!!」という思いのもと、若手僧侶の仲間と[Deathカフェ]はじめた。

「死」について語り合うデス・カフェは、およそ10年前にスイス在住の社会学者、バーナード・クレッタズ氏が妻の死を契機に、「死」についてカジュアルに話す会を開いたことが発端だったと言われている。2004年に、彼がスイスのレストランで初めてデス・カフェを開催したところ話題を集め、スイス各地で行われるようになったそう。

私たちが主催する[Deathカフェ]は、ワークショップや映画、本、アート等を手がかりとしながら、死について思いをめぐらし、対話しながら、死に触れる時間をつくっていく。

[Deathカフェ]はだれが正しいかを決める議論の場ではない。一方で、「人それぞれ、いろんな意見があるね」で終わらせたくもない。様々な意見の違いをふまえつつ、一つの物事を一緒に考えていく共同作業の場、「対話の場」である。

「対話とは、合意よりも、問題の所在を探ること、問いが書き換えられていくプロセスそのものをシェアすること。」(哲学者、鷲田清一)

対話の営みを通して「明日を如何に生きるか」を模索する、そんな場でありたい。

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