ネットワーク科学で情報伝播の過程を見える化する

イントロダクション

マーケティング全般において、商品やサービスを幅広い潜在ユーザーに認知してもらうため、そしてプレイヤーの熱量や意見を把握するために、SNSが幅広く活用されている。弊社でのゲームマーケティングにおいても、SNS(主にTwitter)を活用した業務を積極的に行っている。例えば、弊社の運営するゲームのプレイヤー像をTwitter上における行動から把握することで、既存プレイヤーのアクティビティ向上に役立てている。

弊社ではこれまで、Twitter上における行動からプレイヤー像を把握するため、プレイヤー発信のツイートの投稿数・投稿内容や、公式アカウント発信のツイートに対するコメント数・コメント内容、といった容易に観測できる情報の利用を行ってきた。しかしながらこれらの情報に加え、ある投稿がどのユーザーをきっかけに急速にリツイート数が伸びた(i.e. バズった)か、という情報伝播の知見を利用できれば、ゲームのプレイヤー理解をさらに深め、施策に活用することができる。今回この記事では、ネットワーク科学の知見を活用した、情報の伝播に関する取り組みを紹介する。

具体的に、
・カスケードやバイラリティ指標というネットワーク科学の概念を用いた『バズ』の定量化
・ゲーム間の『バズりやすさ』の比較
・バズを大きくさせるユーザーの抽出
・上記指標を適用した、Twitter投稿施策のフロー改善
について、順に説明していく。

(この記事はCEDEC2020での講演を元に作成しています。是非、講演の資料もご覧ください。)

カスケードとは

情報が伝播していく様(さま)のことをカスケードと呼ぶ。Twitter上では、自分が友人のツイートをリツイートし、それがさらに自分のフォロワーにリツイートされ、といった具合にカスケードが形成されていく。カスケードは、ツイートのような情報の伝播だけではなく、感染症の拡大や、電気の流れなど、さまざまな事象において形成される。また図1に示すように、その形はノード(図中青点)からノードへ、エッジ(図中赤線)の向きへ伝播が伝わっていく「木」のような構造で表され、シンプルなものから複雑なものまで多様な形状をしている。

図1:カスケードの具体例。エッジ(赤線)の方向にノード(青点)からノードへ伝播が起こっている(Bakshy et al., 2011)。

カスケード分析の背景

我々がカスケード分析を行おうと思った背景には、以下3つの疑問点がある。

  1. そもそもバズとはなにか?
  2. バズりやすいゲームとそうでないゲームの違いはなにか?
  3. バズのきっかけとなるユーザは誰か?

これらについてそれぞれ説明していく。第一に、ツイートがバズるとよく言われるが、そもそもバズとは何だろうという点である。例えば、公式アカウントのゲーム内イベントに関するツイートに対し、公式アカウントのフォロワーが大量にリツイートしても、一般的にツイートがバズったとは言わない。「バズった」という言葉から連想されるのは、人から人へ、それがさらに人から人へ、と伝播していくような過程である。そこで我々は、単純なリツイート数では測れないバズを定量化してみたいと考えた。そしてこれを用いて、公式発信のツイートと、ユーザー発信のツイートの違いを調べた。第二に、ツイートがバズりやすいゲームと、そうでないゲームの違いは何だろうか、という点である。このようなゲーム間のカスケードの違いを、定量化の指標を用いて分析した。最後に、SNS上で重要なユーザーとしてこれまで、リツイートされる数の多い投稿者に注目してきた。しかしながらバズったツイートによっては、投稿者のフォロワー数は少ないけれど、ある特定の人がリツイートすることで、一気に拡散が広がった、という状況が数多くあった。このようにバズのきっかけとなるユーザーを特定できれば、彼らが興味をもつ内容を投下することで、大きな拡散を作り出せるのでは、と考え、こういったユーザーの抽出を行った。

ツイートのカスケードの構築

ここでツイートのカスケードの作り方について説明する(図2)。この図では、矢印がフォロー関係、黒・白丸がそれぞれリツイートを行った・行わなかったユーザーを表している。時系列でみると、まずAが時刻ゼロにツイートを行った。そしてAをフォローしているBが時刻1にリツイートしたため、AからBに伝播が起こっている。そしてAのフォロワーCが時刻2にリツイートを行いAからCへの伝播が起こり、さらにCからFへの伝播がおこり、といった具合にカスケードが構築される。ここでDはAを、EはCをフォローしているが、リツイートを行っていないのでカスケードには含まれない。

図2:カスケードの構築(Cha et., 2008)。

我々は今回、あるゲームAに関連するキーワードを含むツイート、リツイートなど、約60万件を収集した。このうち一回でもリツイートされた投稿が約1万件あり、これらについて、フォローの情報を参考にカスケードを構築した。この中の一つのカスケードを図3に示す。ツイートが投稿されたあと、まず投稿者のフォロワー三人にリツイートされ、そのうち一人の拡散力の大きいユーザーを経由して、より多くの人に拡散している。

図3:カスケードの具体例。拡散力の大きいユーザーのリツイートを契機に、拡散が広がっている。

カスケードの複雑さの指標

構築したカスケードを用いてまず初めに、公式アカウントのツイートとユーザーツイートのカスケードの違いを分析した。まず公式ツイートは、深さの浅い、幅の広い傘のような形状をしている(図4左)。つまり公式アカウントを直接フォローしているユーザー達が数多くリツイートしているが、その先のユーザーには伝播していない。一方、ユーザー発信でバズったツイートのカスケードは、深さが深く、細かい枝分かれを数多く含んだ形状をしている(図4右)。

図4:公式ツイートとユーザーツイートの比較

図5に示すように、カスケードの形状は、大きな傘のような単純なもの(図5左上)から、傘の集合(図5右上)、さらに枝分かれが複雑になったもの(図5右下)まで、さまざまなものがある。この形を表現する指標として、Structural viralityという値が適している。これは式1を用いて算出でき、以後これをバイラリティ指標と呼ぶ。

式1:Structural viralityの算出方法

ここでnはカスケードに含まれるノードの数(ユーザー数)で、d_ijはノードiとノードjとの距離を表す。ノードの距離というのは、ノードを最短距離で結ぶ際に経由するエッジの本数のことである。つまり、バイラリティ指標は、カスケード内の全ノード間の距離の平均値になっている。図5のカスケードの例でみると、左上の傘のような形がバイラリティ指標の値が低く、右下にかけてバイラリティ指標が上がっていく。つまり、バイラリティ指標が高いと、カスケードに枝分かれが多く、ツイートが多くの人を経由して広く拡散している、つまりバズっている状態と解釈できる。

図5:さまざまなStructural viralityの値をもつカスケード。 左上から右下にいくにつれ大きな値をとる(Goel et al., 2016)

公式ツイートとユーザーツイートとの比較

このバイラリティ指標を用いて、公式ツイートとユーザーツイートを定量的に比較した。まず、ユーザーツイートのバイラリティ指標が、公式ツイートのものに比べ優位に高いことが分かった(図6左)。公式ツイートのバイラリティ指標が小さく、カスケードが一つの大きな傘のような形をしているのに対し、ユーザーツイートではバイラリティ指標がより大きく、より枝分かれを持つ形状をしている。また、バイラリティ指標の分散にも大きな違いがある。図6右は、バイラリティ指標を縦軸に、カスケードの大きさ(カスケード内のノード数)を横軸にプロットしたもので、各点が異なるツイートを表している。公式ツイートでは、どの大きさのカスケードに対してもバイラリティ指標は2程度である一方、ユーザーツイートにはさまざまなサイズ、バイラリティ指標をもつものが存在している。

図6:公式ツイートとユーザーツイートのバイラリティ指標の比較

ゲームタイトル間のカスケードの違い

次にゲームタイトル間のカスケードの違いを分析した。これまでの分析で使用したゲームAのデータに加え、ゲームBに関するツイートのカスケードを構築し、各ツイートのバイラリティ指標を計算した。その分布の比較図を図7に示す。縦軸は相補累積分布関数で、1から累積分布関数を引いたものである。例えば、1%のカスケードのバイラリティがゲームAでは約4.5以上、ゲームBでは約2.5以上となっている。つまり、ゲームAの方がゲームBに比べ、カスケードのバイラリティ指標が高いことが分かる。これを言い換えれば、ゲームAに関するツイートが、ゲームBに関するツイートに比べ、人づてに細かい枝分かれをして拡散していっており、それが起こりやすい、ユーザー同士のフォロー・フォロワー構造がゲームAではできている、と解釈することができる。このような構造をゲームBでも作るため、人づての拡散が起こりそうな公式発信のマーケティング施策、例えばキャラクターのイラストを有名絵師の方に描いてもらう施策などを行っている。この他にも、特定のハッシュタグを用いた投稿をユーザーに行ってもらうキャンペーンも、つながりの構築に寄与すると考えられる。こういった施策を繰り返し行うことで、このゲームBのバイラリティ指標の分布をゲームAのものに近づけることができるか、定期的に観察していく予定である。

図7:ゲーム間のバイラリティ指標の比較

拡散力の高いユーザーの抽出

最後に、ツイートを拡散させる能力の高いユーザーの抽出について述べる。例えば図8のカスケードでは、これまでは発信者のリツイート数を観測していたため、発信者ではないが、媒介者としての拡散力の高いユーザーの情報を得ることができなかった。しかし、カスケードを構築することでこれが計測可能になる。

図8:発信者ではないが、拡散力の大きいユーザーの例

我々は、各ユーザーの発信者としての拡散力と、媒介者としての拡散力を計測した。まず図9左のように、四角の中のノードの数(ユーザー数)をユーザーAの発信者としての拡散力とする。そして図9右のように、四角の中のノード数を、ユーザーBの媒介者としての拡散力とする。

図9:発信者としての拡散力(発信力)と媒介者としての拡散力(媒介力)の計測方法

これを全てのユーザーについて計測したものを図10に示す。縦軸が媒介者としての拡散力(媒介力)、横軸が発信者としての拡散力(発信力)を表し、各点がユーザーを表している。図に示す通り、発信力が高いが媒介力は低いユーザー、発信力は低いが媒介力が高いユーザー、発信力も媒介力も高いユーザー、といった性質の異なるユーザーが存在している。これまでは、リツイート数により発信力だけをみていたため、図10の赤丸内のユーザーも、青丸内のユーザーも同じに見えていた。しかしながら媒介力を用いることで、これら異なる性質を二つのユーザー群を区別することができるようになった。

図10:発信者としての拡散力(発信力)と媒介者としての拡散力(媒介力)の分布

媒介力の活用例

ここで、媒介者としての拡散力を絵師施策に活用した例を述べる。絵師施策とは、SNS上でファンの多い絵師の方にゲームに関連したイラストを描いてもらう施策である。この施策では多くのユーザーに絵をリツイートしてもらい、ツイートを枝のように広げて認知を高め、新規ユーザーを獲得することを目的としている。そのため、リツイート数だけでなく、カスケードのバイラリティ指標も施策の良し悪しの評価に利用できる。また、絵師の選定に関しても、これまではリツイート数やフォロワー数の多い有望な絵師を目視で選定していたが、各ユーザーの媒介者としての拡散力を用いて選定を行うことができる。具体的にまず、過去に開催した複数の絵師施策、それぞれについてカスケードを構築し、カスケード内の各ユーザーについて媒介力の計算を行い、高い順に並べる。そして媒介力の高いユーザーが共通してフォローしているユーザーのランキングを算出し、次回依頼する絵師の選定の参考にした(図11)。これに基づいた施策を行うことで、媒介力の高いユーザーがリツイートする可能性が高いため、その結果ツイートのバイラリティ指標が高くなるはず、という論理に基づいている。現在、試行錯誤しつつ検証を重ねているが、バイラリティ指標を用いることで、これまで定量的に行うことが難しかった業務に対する納得感を向上できた点は大きな利点といえる。

図11:カスケードを活用した絵師選定の方法

まとめ

我々はネットワーク科学の手法を活用し、カスケードの抽出、そしてバイラリティ指標を用いたバズの定量化を行った。まずこの指標を用いて、公式ツイートとユーザーツイートを比較した。まず、公式ツイートは浅い大きな傘の形状をしているのに対し、ユーザーツイートは数多くの枝分かれをもつ深い木の構造をしていることが分かった。このことは、バイラリティ指標の違いからも確認された。次に、ゲーム間でカスケードの比較を行った結果、ゲーム間でカスケード指標の分布の大きな違いが確認できた。最後に、これまでリツイート数を用いて把握していた発信力の高いユーザーだけでなく、カスケードを用いた媒介力の高いユーザーの抽出を行った。そしてこれを絵師施策などに活用している。ネットワーク科学の手法を用いれば、今回解説した情報の伝搬だけでなく、例えばプレイヤーがSNS上で形成しているコミュニティの抽出を行い、施策に活用することもできる。興味のある読者の方は是非挑戦していただければ幸いである。

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