計算社会科学大会第3回、日本の計算社会科学、学問分野

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前回では計算社会科学分野における最近の研究を紹介しました。このような計算社会科学に関する文章ではこの論文この論文のようなPerspectiveやPolicy Forumの論文が引用されることがおおいですが、日本語で計算社会科学についての文献を引用したいならこの本ではないでしょうか。

『計算社会科学入門』は主に日本において計算社会科学で研究活動を行う研究者達によって執筆されています。また、この本の執筆を行っているメンバーを中心として計算社会学会も運営されており、学会のHPでは

本会は,日本での計算社会科学の普及・発展を目指し,経済学,社会科学,情報学などの様々な分野の研究者により立ち上げられた学会です.計算社会科学について活発に情報共有・議論を行う場を提供することを目的としています.

と説明されています。計算社会科学会の前身は研究会で、その研究会の前身は2014年からの日本学術振興会のあるプロジェクトであることが知られています[1]。

第3回計算社会科学会大会(CSSJ2024)

計算社会科学会の発足は2021年からで、他の学会と同様に計算社会科学会は毎年度大会が開催されており、今年の3月で第3回を数えます。第3回計算社会科学会大会(CSSJ2024)と題された今年度の大会は大阪大学中之島センターで開催されました。

今大会は発表数も前回大会よりも格段に増加し、70以上の発表がされました[2]。2日間にわたって開催されたCCSJ2024ではパラレルセッション方式が導入され、2つの会場で発表が同時に行われました。

国際学会によっては、論文や要旨の提出を求め査読によって発表される論文の選別を行うことも多いですが、CCSJではこのような審査はなく、発表する研究や論文が既刊である必要もありません(論文の提出は必要)。そのため、様々な研究者による様々な研究発表に触れられる点が特徴です。

CCSJ2024では「金融市場と経済分析」から「社会意識の形成と変容」まで幅広いトピックのセッションが設定され、学部生から研究者まで幅広い層の研究者が発表・参加しています。今年度からスポンサーを募集し、スポンサードトークと企画ワークショップも開催された点も大きな変化です。これも近年の計算社会科学への注目の増加と盛り上がりを反映していると言えます。

大会の内容

今年度の大会の招待講演には大阪大学特任教授である大竹文雄氏が招かれ、「ナッジの効果検証」と題した講演がおこなわれました。講演では、ナッジを使った実験についての研究や社会実装に関する紹介が実際の研究とともに紹介されました。前年度の西浦博氏(京都大学教授)の講演に続き、コロナ関連の話題も有りましたが、それ以外にも幅広くナッジの活用に関する議論が行われました。質疑応答では参加者からの活発な質疑応答もおこなわれ、非常に興味深い議論がされていました。加えて、初日にはスポンサードセッション、スポンサードトーク、企画ワークショップもありCCSJの産業界からの注目もわかる盛況ぶりでした。

初日の夜には懇親会も開催され、研究者同士の活発な交流もありました。懇談会は会場の阪大中之島センターのカフェテリア・アゴラで開催され、学生や企業・大学の研究者などが入り混じってカジュアルに意見交換をしている様が見られました。

大会二日目はパラレルセッション形式で開催され、隣同士の会場で同時に発表が行われました。1セッションに6から4の発表が行われ、発表10分+質疑3分の形式が厳守されました。48件の計算社会科学会関連の研究発表が1日を通して行われる様は圧巻で、ここでも日本における計算社会科学研究の盛り上がりを実感しました。発表者・座長達の時間厳守の素晴らしいプレーによってスムーズな運営がされていたのが印象的でした。

CCSJ24での発表の特徴

CCSJ24で行われた具体的な発表内容に関しては、未刊行論文や未発表論文となってる研究もあるため詳細に立ち入ることは差し控え、発表全体を通した概観を述べるにとどめておきます。CCSJ24での発表は発表全体を通して様々なトピックの発表があったことです。生体データを利用した研究、金融モデルの理論的な研究、歴史的資料の研究が同じ学会の大会に並ぶことはあまり無いでしょう。複数のトピックが特定の学問(disipline)的な側面に縛られずに同居しているのが計算社会科学の懐の広さを表しています。

学問分野

計算社会科学で扱われているトピックが他分野でも分析されている場合が無いわけではありません。たとえば、経済学では歴史的資料の分析や生体データを使った実証もされています。しかし、経済学で研究を行うのであれば経済学的な分析が必須となり、それは経済学の理論的ないし概念的なモデルの利用や、分析の結果として経済学的含意が生み出されることが必要です。

これは経済学に限ったことではなく、どのような学問についても当てはまることです。学問分野を意味する”discipline”が「訓練」や「規律」を意味する通り、ある学問分野で行う研究とはある種の型や暗黙のルールに従うことが求められるからです。これはある意味で窮屈なことでもありますが、学問という知識の連続性には必要なことです。

しかし、意義のある研究が既存の枠組みに当てはまらないことは往々にして発生します。なぜなら、枠組みを決めるということはある探査空間を絞ることなので、このような「枠からのはみ出し」は不可避的に発生するからです。

計算社会科学はこのような研究を受け入れる先の一つとして選ばれることが多いようです。これは「ある学問AでXという研究していたがXはAに当てはまるとは思われず、計算社会科学分野で研究をすることにした」といったようなストーリーで説明されることが多いように思えます。実際このような話は先に紹介した鼎談でも今回の大会参加者からも聞かれました。ここでは計算社会科学は、disciplineを明確に設定していないからこそ幅広い人に場を提供している分野だといえるでしょう。

「では計算社会科学にとってのdisciplineは本当に無いのか、あるとしたら何なのか、無いとしたら創るべきなのか」といった疑問が浮かぶかもしれません。しかし、これはまさに今後の計算社会科学研究者によって取り組まれる事項で、ここで答えを議論するにはまだ早すぎるというのが私の考えです。

[1]「【鼎談】なぜ、いま「計算社会科学」なのか?(https://www.nippyo.co.jp/shop/magazine/8930.html)」において及「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」の「領域開拓プログラム」の「リスク社会におけるメディアの発達と公共性の構造転換~ネットワーク・モデルの比較行動学に基づく理論・実証・シミュレーション分析」が研究会の前身であると言及。

[2]第2回大会は50前後。

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Akira Matsui
DeNAデータ分析ブログ

計算社会科学で研究的なことをする研究者