早稲田大学ビジネススクール「深圳の産業集積とマスイノベーション」 2020年2月の各授業の録画、またなぜ大学で授業するかなど

Jie Qiのゲスト講義終了後、学生、ゲスト含め全員で撮影した記念写真。

授業で伝えたいこと:インターネットの物理世界への影響力

メイカーズのエコシステム」で2015年に書いた大きなストーリーは今もそのまま通用していて、インターネットは社会すべてに大きく影響を与えている。その影響は日々大きくなってきている。
社会からインターネットに向けて繋げるものがIoT、インターネットから現実社会に向けて影響を及ぼすものがロボットと捉えると、すべての中心がインターネットにあることがわかる。

一方でインターネットと物理世界を別物、対立的な概念として捉えたり、既存の通信網をそのままスマホに置き換えてIoTとする考え方は今も多い。早稲田大学ビジネススクール(以下WBS)の学生の多くは20~30代の大企業中堅社員(経営企画等が多い)で、そうした企業にインターネットの力を布教することは日本全体をよくすることに繋がると僕は思っている。

第1回目の講義内容に近い、立命館大学ASTERで行った講演の録画
初日(01,02回)の講義スライド

「ハードウェア製造」という知識のデモクラタイズ

ハードウェアとソフトウェアの違い、ハードウェアを作る、ハックするといった行為の重要性、また実際に行う上でのTipsをなるべく民主化したい。ハードウェアハッカーはなるべくたくさんの人に読んで欲しい偉大な本だ。ハードウェアのシリコンバレー深圳に学ぶも同じく。

ほとんどのICT機器は同じ構造でできている。
大きい液晶,小さいカメラ,フルサイズキーボード=ノートパソコン
小さい液晶,大きいカメラ,最小限のボタン=デジタルカメラ
というように、コンピュータを中心にしたモノはだいたい同じだ。アナログのカメラとアナログのウォークマンは全然違うものだったけど、コンピュータを中心にしたICT機器はほとんど同じ内部構造になっている。なので、全体を支配するムーアの法則や、こうしたモノづくりをアジャイルに行う深圳でのマスイノベーションが重要になってきている。
そこで深圳のスケールと、どういうことが行われているかが重要になっている。

2日目、第3回第4回の授業スライド

JieQiのゲスト講義

MIT Media LabのPh.Dであり、Chibitronicsというスタートアップの共同創業者でもあるJieから僕らが学ぶことは多い。
MIT Media Labが深圳で何をしているかは、工場がイノベーションのための研究所であり教室であることをとてもクリアに学ばせてくれる。なので、90分2コマで校正されるゲスト講義のうち1コマは、Media Lab Shenzhenの活動を紹介してもらった。

もう一コマは、研究者でありアーティストであり、スタートアップのCo-founderでもある彼女が、何に興味を感じ、何をしようとしてるかだ。Story of Jie Qiとリクエストした講義は、プロトタイピングの重要性、アジャイルにその場に最適化すること、そして「何を面白がるか」というコンパスの重要性をクリアに伝えてくれた、すばらしい90分になった。

スイッチサイエンス/スイッチエデュケーション/リコーつくる~むのゲスト講義

スイッチサイエンスは2008年に創業した中小企業でオープンソースハードウェアの製造や販売で利益を得ている。僕が世界中のメイカーフェアを回っているお金もスイッチサイエンスの売り上げから出ている。Jieの話に続けて、日本で活動しているオープンソースハードウェア企業が、どういう活動をしているのかを話してもらった。

続くリコー井内さんのゲスト講義は非常にエモーショナルで、自分が生まれる前から存在している大企業の中でオープンイノベーションを導入することのリアルと楽しさが伝わってきた。(この講義は非公開)

金沢大学秋田純一教授のゲスト講義

ほとんどのハードウェアがIoT化していて、価値のほとんどがインターネットの上で作られるというのは、ほとんどの産業がコンピュータ産業、半導体産業に繋がることでもある。ビジネスでも例外ではない。たとえば「ネットワーク外部性」という言葉はインターネット業界に閉じた言葉ではない。飲食店を経営する上でもいかにバズるコンテンツを作るかに配慮する必要がある。
同じように、オープンソースやムーアの法則という言葉も、コンピュータソフトウェアやマイコンに限った話ではない。秋田先生の講義はまず、ムーアの法則についてのきっちりしたガイダンスになった。

加えて、そうしたコンピュータ製造の話をどうデモクラタイズしていくかについて、秋田先生はNT金沢/金大起業部/Make:LSI、そして自らのDIY販売活動など、様々な活動をしている。次の1コマでは、そうした活動について深めに語ってもらった。秋田先生の講義は、年々内容が充実していて、毎回聞くのが楽しみ。

土曜日の講義後は、高田馬場のHubに移動して懇親会。予約不要、集合も解散も自由な飲み会が好きです。

イノベーションと社会制度

ハードウェアハッカーは社会制度の本として読むことも可能で、深圳の産業集積が生んだオープンソースに似たビジネスモデル、「公開(GongKai)」は深圳のイノベーションに大きな影響を与えている。ローレンス・レッシグのフリーカルチャー含めて、昨年の授業と同様、まる2コマ分をオープンソースとは何か、知的財産とは何か、その制度上の違いがどうした社会を生むか、経済制度がどういう制度を生むかについて講義を行った。

最終講義

最終講義はビデオ録画なしで、これまでの授業で出たQAに答えることと、自分自身の活動紹介をしている。活動紹介はこの動画が近い。

授業全体で伝えたいことは、Joi Itoの「ナウイストになろう」に集約されるかもしれない。

なぜ大学で授業をするのか

この講義全体は、僕にとっては Nico-Tech Shenzhen (ニコ技深圳コミュニティ) の活動の中で、かなり重要で楽しみにしているものです。

なぜか。講義では、25–40歳ぐらいまでのMBAコースの社会人の皆さんと、マスイノベーションという共通するテーマで90分*15コマの講義+ディスカッションをやります。70%ぐらいは僕やゲスト講師が喋り続ける時間なのですが、マスイノベーション,プロトタイピング,オープンイノベーションなどの、共通するテーマで様々な例を挙げて講義をしていると、通常の講演よりも多様な質問が来ます。皆、講義の内容について腹落ちし、自分のモノにできる、体系化された納得感を求めています。実験ができるような技術系の学科ほどガッチリはしていませんが、それでもこれは学問です。
その納得感の追求、お互いが同意できる正しさへの追求のようなものは、アカデミア以外では、あまりないものです。同じ深圳ネタを書いているTwitterアカウント同志、とかでも、目的が違うのでできず、つまんないマウント争いみたいになることが多い。( 石井 大智さんや Kai Kajitani 先生たちみたいな学者が相手の時は違います。つまりそれがアカデミアの価値だと思います。)

僕の本業であるビジネス開発だと、利益を生んだものが正義です。あまり納得感は関係ないし、扱ったものが売れるといつのまにかそれが大好きになります。

もう一つ僕がやっている原稿書きは、たくさん読まれてシェアされるようなものを書くのがゴールで、納得感はそこまで関係ない。講演で、ビジネス目的の人が多くなると質問が具体的になって講義に近くなるし、実際にプロジェクトが生まれることもありますが、どちらかというと原稿書きも講演もメイカーズ教のエヴァンジェリストとしての、布教活動に近いものです。

ニコ技深圳コミュニティでの活動は実際にイノベーションを起こすことであり、商売や布教のネタを見つけることでもあるのですが、Researchとしては「現象を複数の専門家の力で読み解くこと」です。しかし、僕が理解したところまでではまだ前半で、この講義を通じて多くの人が納得でき、僕自身か受講者が論文を書くようになって、初めて何らかの形で体系化されたといえます。今年は実際に深圳でベンチャーをしている中国人の学生も何名かいます。彼らから見て、僕たちニコ技深圳コミュニティで発見したものが、「なるほど、これが深圳のマスイノベーションか」と言えれば、それは体系化されたものとして、一種の普遍性を帯びます。仮に僕が興味をなくしても、ニコ技深圳コミュニティがなくなっても、誰かが研究を前に進めてくれるでしょう。

今回の講義には14名の学生たちに参加していただきました。やりとりから僕が学んだことはとても多く、それは今後の活動にフィードバックされていきます。どうもありがとうございました。

深センのstartupで働いていた中国人の学生さんから、こういう感想をもらえたのは最高に嬉しいです。

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