あのね、道草食うから学ぶんです

いつから空を見上げなくなりましたか?

なぜわたしの授業がプロジェクトベースか。理由なんてそんなに考えずにやって来ました。だって、それが当たり前の学び方だと思うから。

生徒に口開けさせて、それ食え!それ飲め!理解しろ!ってそりゃ無理です。それこそ、わたしのメンター、田原真人さんのおっしゃる「フォアグラ型」教育に他なりません。

田原真人によると

フォアグラ生産者は、ガチョウが抵抗せずに、むしろ、進んでフォアグラ生産に協力するように、「口を閉じずに我慢できるなんてえらいぞ!」「おまえは、なんて強いガチョウなんだ」と褒めたり、「食べ物を戻してしまうなんてダメな奴だ」と叱ったり、「この檻から出たら餌を取ることができずに飢え死にするぞ」と脅したり、「肝臓の大きいやつほど価値がある」「肝臓の大きい優良な奴は、大きめの檻に入れてやるぞ」などと序列化したりする。

そんなのに踊らされて、気づくと飛べない体になっている…

先生の中にはその教科の何たるやを本当に断片的にしか、しかも知識でしか持っていない人が実は多い。それを覆い隠そうとして知っているふりをしたり、生徒が気づかないよう力で押さえつけたりしている。そんな人に限って外にも出て行かないし、学ぼうともしないから事態は変わらないのです。

でもね、

今日ちょっと嬉しい記事を読みました。同僚のブログです。模擬国連の勉強のために社会の授業で国に関する15の英語の質問を使って生徒に調べ学習をさせたそう。すると生徒がとった行動は、一つ一つの単語を調べて日本語の意味を書くことでした…

あれが違う、これが違うと言われると、
何も言いたくないし、書きたくなくなります。
それで気持ちが折られた日本人が、
どれだけいる事か!
日本のグローバル化を妨げる、最大悪です。
言い過ぎか。
また1つ使命が見つかりました。
日本の英語教育も変えてみたいと思います。

社会科の教諭ですが、最近になって英語の免許も取った人です。がむしゃらに学んでいます。でもって名前も「まなぶ」です(笑)

話を戻します。プロジェクトベースの学びの良さは何でしょう。

それは道草を食うこと。うまく行かなくてやきもき、いらいらすること。途中で思いもよらぬ嬉しいことが起こってにやりと笑うこと。

学びのベースにあるのは、教科書の知識じゃないんです。問題を解いても、答えを覚えても思考力は身に付かない。新しい学びへの応用が全く効かない。それどころか、面倒な学びを拒否するようになる。

だから、実体験をベースにした授業を増やしたい。途中で道草食うことで、得られることは多い。自分の思考のベースとなる言葉が増える。ものを考える上での視点が身に付く。

一見無駄に見えることを「無駄だからしない」のではなく、「無駄だからこそする」

共に道草食いたい友達、大募集中です。

3月の特別講座は、高大・学年・教科横断型ワークショップ♪

尖った同僚「まなぶ」さんのブログ、田原真人さんのフォアグラ型教育に関するブログもどうぞ♪

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