教職はブラック?

15連勤めに突入しました。

土曜まで働くと、20連勤です。

休みが月2回ぐらいなのって、

教職としては、当たり前のように思っていましたが、

世間様の認識とはズレてるんやなーって、

昨年の夏の小学校の同窓会で知りました。

世間の方々は、毎週末2日も、いったい何をしてるんでしょう?

GWは、ここ数年、

前妻の実家の小豆島に帰省していたのですが、

いつも田植えに勤しむ農家の方々が印象的な光景でした。

農家に定休はありません。

農家には定年もありません。

そもそも、労働法制ってのは、

産業革命以来の工場労働を背景に成立したものであって、

農業を中心としていた時代には無い概念でした。

つまりは、工場労働ってのは、

人類として、かなり新しいスタイルの働き方だったんですよね。

じゃあ、教師って仕事の働き方は、

農家寄りか、工場労働寄りか、っていうと、

私は、

農家寄りであるべきだと思っています。

だから、私は、

教師って仕事を、

工場労働を背景に成立した労働法制を基準に、

ブラックだとかなんとか論ずるのが好きではありません。

そもそも、自分のキャリア形成に、

大きな影響を与えたのが、

大学一回生の夏休みに、北海道の玉ねぎ農家で、

1週間、収穫の手伝いをしたことでした。

勤労観が大きく変わりました。

当時していた酒の量販店のアルバイトで、

“右にあるものを左に動かす”だけで、

儲けが発生することを知りました。

しかも、その儲けは、

最初にそのものを生み出した人よりも、

大きな儲けだったりします。

しかし、いま、

インターネットの発達で、

生産者と消費者が直接繋がりつつあります。

“右にあるものを左に動かす”仕事の衰退です。

規格に合った野菜を作るのではなく、

それぞれの価値基準で自信のある野菜を作る時代です。

まさに、農家の「個人商店化」ですよね。

まだ全然、答えは見えていませんが、

私は、“農家的な働き方”に、

これからの教育の形を見ています。

1年生は春、苗の植え付けの時代。

いちばん目をかけて子供たちを見てあげる時期。

2年生は夏、太陽を目一杯に浴びる時代。

たくさんの栄養を与えて、目一杯に成長させる時期。

3年生は秋、実りの秋。

これまでの成長の成果を、実りに変える時期。

短い春休みに、また次の土を耕す。

かつて、教師が尊敬されてたのって、

お百姓さんを尊敬しなさい、ってのと一緒で、

そういう、

尊い働き方をしてたからじゃないんだろうか。

どこの世界でも、

歴史的には商人は卑しい身分とされてきた。

それは、人間のすごく本能的に感じる部分で、

生み出される価値秩序に基づいてるもんじゃないんやろか。

人の生み出したもので、利益を得るのは卑しい事だと。

農家的な働き方って、“教員の個人商店化“の、

キーワードな気がしてます。

まだ、思考がまとまっていませんので、

また後日、この続きを考えようと思います。

本日は、ここで時間切れ。

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