2017夏、ADE academyとLearning Splashと【その2】

Learning Splash 2017(8/11〜12@兵庫県佐用町)

いつも私に無茶ぶりをしてくれる江藤先生、

ほんまにありがたい存在です。

私一人では出会えない境地に、誘ってもらっています。

今回、LSで取り組んだのは、「プロアクションカフェ」というやつ。

プロアクションカフェとは、

何か一歩を踏み出したいプロジェクトがある人が、

集まった参加者から助言をもらいながら、

プロジェクトをより具体化していくもの。

私が持ち寄ったプロジェクトは、

「修学旅行を東北に」

壮大すぎるプロジェクトですが、

昨年3月に東北3県を訪れてから、

ずっと喉元に刺さったままの骨です。

プロジェクトの提案をするにあたって、

日本の公立中学・高校の修学旅行の行き先を調べてみました。

東北はわずか、2%なんですよね。

けど、実は、だいぶ地域差がある事も分かりました。

関東の中学生の87%は近畿に、高校生の55%が沖縄に行きます。

行き先の偏りは圧倒的です。

東海地方も、九州も、同じく、かなり行き先には偏りがありました。

一方で、近畿の中学生の修学旅行の行き先、

①沖縄29%、②九州23%、③甲信越・北陸・東海22%、④関東19%

そして、近畿の高校生の修学旅行の行き先、

①北海道26%、②九州25%、③海外17%、④甲信越・北陸・東海10%

と、かなり分散しています。

にも関わらず、

近畿で東北を行き先とする学校は、

中学校は1%未満、高校は3%という状況です。

近畿の学校であれば、

そのメリットさえ示されれば、

修学旅行の行き先を東北にする学校も出てくるのではないか、

と考えました。

今や、国内修学旅行の大定番となった沖縄、

しかし、かつては、

沖縄を観光で訪れるだなんて、

”悲しい戦争の舞台になった場所なのに不謹慎だ”なんて声もありました。

しかし、1975年の沖縄海洋博を境に、

沖縄は、”観光地化”されました。

観光地化される事で、

戦争で潰えてしまった琉球の伝統文化が、

再興されていくことになりました。

沖縄の美しい自然に対しても目が向けられました。

貴重なサンゴ礁や、ヤンバルの森を守ろうという声が上がりました。

観光は、

文化と環境を守ることにつながるものです。

しかし、それは、しっかりと管理された観光である必要があります。

管理されない観光は、

ゴミ問題など、環境の破壊を生み、

現地の人々と観光客の間で文化摩擦を生み出します。

観光は、チャンスであるとともに、脅威なのです。

観光業は、21世紀最大の成長産業です。

昨年度、日本を訪れた観光客は、前年比20%以上の増加でした。

これは、中国の”爆買い”観光客の影響なんかではありません。

世界全体で、観光産業が拡大していってるのです。

多くの日本人はそんな事を知りません。

いま成長している観光業を、東北に。

東北を観光の力で蘇らせる。

東北の美しい自然を再発見し、

その中で生まれた東北の文化を再興し、

東北がSustainable Tourismのモデルとなる。

なぜ、修学旅行か。

昨年、陸前高田を訪れた際に、

語り部の釘子明さんから、このような話を聞きました。

陸前高田の”うごく七夕祭”。

2011年のその年は、誰もが中止を考えていたそうです。

無理もありません。

あの震災からまだ半年が経たない中、

多くの人々が体育館で避難生活をしていた状況です。

そんな中で、七夕をしようと声をあげたのが、

中高生だったそうです。

大人たちは、大反対しました。

初めは、冷ややかな目で見ていました。

しかし、七夕祭の準備が進んでいくと、

地域に活気が出てき始めました。

”七夕があるなら”と、避難先から戻ってくる人々もいました。

七夕祭当日、

”うごく七夕”の山車は、これまでと同じルートを歩きました。

かつては賑わったメインストリート、

全てが津波で流され、何も無い中を、

電飾で派手に彩られた山車が通りました。

みな、こらえきれず溢れ出す大粒の涙とともに、

そこを歩いたそうです。

目を背けかけていた現実に、

きっちりと向き合おうとするキッカケになったそうです。

また、

七夕祭りのルーツとは、

あの世にいる死者の霊が、帰ってくる祭にあります。

東北の各地にある派手な七夕飾りは、

死者がこの世に帰ってくる際の、目印です。

震災で失われた多くの人々が帰ってくるためには、

実は、この祭りは、やらないといけなかったんです。

中高生たちの素直で、純粋な発想には、

実は、

そこに、人が人らしく生きるための本質があるのだと気付かされました。

明治以前の日本人は、

様々なものに霊魂の存在を感じていました。

各地に伝わる妖怪話など、

日本の近代化の中で、急速に失われていった、民話の世界です。

柳田國男は、それを、遠野の地で書き上げていきました。

日本人は、

近代化政策の中での、西洋を真似た国家神道の創造と、

戦後の、徹底した政教分離政策によって、

カミの存在を、公の場で論じられない民族となってしまいました。

これほど不幸な事はありません。

人類が人類として誕生したのは、

石器の創造のための、右脳と左脳の役割分化にあります。

石器はどのようにして創られたのか、

右脳によって、これから創りたい石器をイメージし、

その形になるように、左脳の論理的な計算により石を砕いていったのです。

右脳が、望ましい未来像を描き、

左脳が、その到達のための具体的方策を立てていったのです。

人類は、そのようにして進化してきたのです。

右脳が描く、神秘的なセカイを否定してしまい、

左脳が説く、論理的な世界のみが横たわっている現状こそ、

この日本の閉塞感の正体だと、私は考えます。

東北のように、きわめて神秘的な文化の根付いたセカイは、

中高生でないと、望ましい観光のあり方は見出せないうのが、

私の考えです。

なーんて言う話を、

職場ではする気にはなりませんが、

Learning Splashの場では、堂々と話せました。

そこに集う皆が、心のバリアをはらず、心の手足を最大に伸ばせる空気感と、

ヨガで身体をほぐし、オーガニックフードで身体を中からデトックスする。

プロアクションカフェで「チーム修学旅行」に集っていただいた皆さんが、

私の荒唐無稽な「東北に修学旅行を」という、

夢のミライを形にするために、

本気になって議論を重ねてくださいました。

SDGsの目標が達成された、理想的なミライを夢見て、

ただただそこに向かっていこうとする。

ステキすぎます。

”AIが仕事を奪う”とか、”日本の年金制度が破綻する”とか、

暗く混沌とした未来を想定して、

そんな中でリスクを回避する方法を考えて生きていく、みたいな話が、

中心的な話題になってしまっているのが、

悲しいかな、現在の教育現場です。

ミライは思い描いた通りのものになります。

「生徒はミライからの留学生」、

昨年、急逝した学校長がよく仰られていました。

少なくとも、私が受け持つ生徒たちは、

暗く混沌とした未来ではなく、

明るくステキなミライへと送り届けたいと思います。

忙しさから解放されて、

(依然、やる事は山ほどあるんですが、後回しして)

自分のOSをヴァージョンアップした夏休みです。

みなさん、この夏、いかがお過ごしですか。

つづく(?)、、、

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