UNITEについて思うこと — 隠れキリスト者’s diary

サマリー
・UNITE演説頑張っている
・UNITEはYNITE?
・サイトは要改善
・演説内容は古い。極端。
・「論破」することが目標ではなく、彼らの心を癒し、彼らが本当の意味で「共産主義」から解放され、我々の活動に加わってこそ「完全なる勝利」ではないか。
・「神の下の救われるべき兄弟」として「共産主義」を見ることを願う。

UNITE

www.ynite.org

UNITE見てきました。演説すごい。政治家ですね。あれだけ自信をもって主張を述べることができるのは「若者の力」を押し出す上でとても効果的だと思いました。

UNITEについて思うこと

外的

<Web>

・サイトURLについて

サイトURLを見て感じたのは「ynite.org」と、UがYになっていること。ドメイン取れなかったのかな。

しかし、公式twitterのつぶやきを見てみると

私たちの名前「UNITE(ユナイト)」には、「一つになろう」という意味の他、「Youth of the Nation Inspired to be the Trigger for this Era」、「若者が立ち上がれば、時代は変える」といった意味も含まれています。
— 大学生遊説隊 UNITE(ユナイト) (@ifvoc_unite) 2016, 1月 20

と、略称からしてみれば「YNITE」の方が正しい気がする。どっちなのだろう。

・サイトは「レスポンシブデザイン」にするべき

最近はやりのレスポンシブデザイン。政治団体として最も重要な「Opinion」に行くまで手間がかからないほどいい。シールズのWebサイトの方がスライド式で見やすいなと思う。HTMLなどWebサイト制作を行えるメンバーがいないのだろうか。

・「Opinion」「Story」

「東大生」と言うブランドを使うのなら、それに見合うだけの参考文献からの「引用」に基づく「Opinion」「Story」にするべきだ。個人の「思い」「感情」はいらない。ましてや「マスコミに騙されるな」と演説している人が「Story」では

自分でネットや雑誌などを調べていくうちに、今まで自分が持ってきた考えや、メディアで報じられる内容には、この問題を論じる上で最も重要な視点が欠けていることに気がつきました。*1

というわけです。我々統一教会はカルトだとレッテルを貼られているわけですし、参考基としてふさわしい書籍・論文を使うべきではないだろうか。ネットや雑誌もメディアである(笑)。前提や仮説を吟味していくことこそが学問の真髄だと思うがUNITEには少々足りないと感じる。

<演説内容>

・中国を完全な敵国としていること。

「中国共産党」の崩壊は必ずしも「民主化」と同値だとは言えないし、「民主化」が良いことだとも言えない。米国の中東への介入によって起きた散々な結果があるので、「民主化はなし得るのか」という点への疑問にも答えていただけるといいなと思う。

・「勝共」よりも「頭翼思想」を掲げるべきではないか。

正直、現状一般ピーポーは「右翼」と「左翼」の戦いにうんざりしているとも言えるのではないか。UNITEは「右翼」色の強いものばかりを主張しているようにも思える。共産主義と資本主義という2強の時代は終わり、現在はより複雑である。共産主義が間違っていて、それを倒したとしても全てが解決するわけではない。UNITEには「反共」をこえた「勝共」として共産党以外の問題をも解決し得る「代案」を提示してもらいたい。

内的

<反共なのか勝共なのか>

我々は「反共」ではなく「勝共」である。はたして「共産主義は間違っている!」と訴えるのが「勝共」なのだろうか。

「右側」は神側であるとされるが、これはカイン・アベルの問題のようにそれぞれが「表示体」の立場になっているだけだと考えられる。「アベル」が「善の表示体」でありながらその存在自体が完全な善でなかったように、私たちの主張する「右側」も常に自身を吟味する必要がある。また、「カイン」が悪者というわけではなかったが、「悪の表示体」 として摂理の都合上立つことになったように、「共産主義」でさえ、本来は神が本来必要とされていた一側面が存在する可能性があるのだと考えられる。

私は「勝共」とは、ただ単純に「共産主義を打ち倒す」ものではなく、「共産主義」を信じてやまない人たちが、自然屈服する内容であるべきだと信じる。

共産主義を求める人たちの「心」を理解してこその「勝共」ではないか。私たちは「論破」することを求めてはいないはずだ。彼らの心を癒し、彼らが本当の意味で「共産主義」から解放され、我々の活動に加わってこそ「完全なる勝利」である。

私はUNITEが「共産主義」を敵としてしか見ないような人間的なものではなく、「神の視点」を絶えず考え、尋ね、「神の下の救われるべき兄弟」として「共産主義」を見ることを願う。


Originally published at kirisutosya.hatenablog.com on January 29, 2016.