ナカグロの問題
こちらは「言葉に関するアドベントカレンダー」の13日目の記事です。昨日の記事は以下でした。
今日はナカグロの話です。ナカグロとは、「クリス・ペプラー」とか「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」などの言葉に出てくる「・」のことです。
(ネタのように出してしまいましたが、クリス・ペプラーさん、まじカッコよくて尊敬しています)
ナカグロが出てくるのは、おもにカタカナで表記される言葉だと思います。そして、そうした言葉の使用に際しては、「ナカグロを入れるかどうか」という問題によく悩まされます。
記憶にあるかぎり、ぼくが編集の仕事で最初に直面したその対象は、「モダンジャズ」だったと思います。
坂本龍一さんが音楽全集を作ると発表し、その第1巻が刊行された2008年の後半だったと思いますが、ぼくは編集チームのひとりとして、第2巻『Jazz』のために、山下洋輔さん、大谷能生さん、そして坂本さんの3人が喋っている座談会の原稿をまとめていました。
このとき、山下さんをはじめ参加者が何度か発言した「モダンジャズ」という言葉を、ナカグロ無しの表記にするか、それとも「モダン・ジャズ」にするか、何日もの間、いや何週間、何ヶ月だったかもしれないですが、とにかくいつまでも考えては、決められずにいました。
結局、そのときは「モダン・ジャズ」にしました。今のぼくの感覚だったら、ほとんど考えるまでもなく「モダンジャズ」にするところですが、当時はそのような本格的な編集に携わって間もない頃で、何度もナカグロを取ったり戻したりしながら考え抜いた末の結論だったので、それはそれで尊重したいと思います。
では、このような問題に直面したとき、今のぼくだったらどうやって結論を出すかというと、次のような判断基準を用いると思います。
- 一般名詞化しているか
- 固有名詞であるか
- 偉い人はどうしているか
上でぼくは、「今だったら考えるまでもなく〈モダンジャズ〉にする」と書きましたが、このときの拠り所にしているのは、上記の「1」です。
モダンジャズは、今や「〈モダン〉な〈ジャズ〉」ではなく、「モダンジャズ」という一つの名詞になっているとぼくは思います。だから、それをわざわざ2語に分ける必要はない、というのがナカグロを入れない主な理由です。
「2」に関しては、たとえば「アルスエレクトロニカ」とか「イッセイ ミヤケ」といった言葉が良い例になると思います。
アルスエレクトロニカの詳細には触れませんが、オーストリアのリンツ市が母体になっているそのアート・プロジェクト/組織について、Wikipediaは「アルス・エレクトロニカ」とナカグロ付きで表記していますが、ぼくは「アルスエレクトロニカ」というふうにナカグロ無しで書くようにしています。
普通であれば、その英語名は「Ars Electronica」なので、ナカグロ付きで書く方が自然だと思いますが、ぼくがこれにナカグロを付けないのは、同組織の公式サイトでそう書いているからです。
https://ars.electronica.art/about/jp/
元々海外の組織ですから、単に日本語表記に関するこだわりがないだけじゃないの? 雑なだけでは? と考えることもできますが、ぼくがそのサイトを見たところでは、意識的にそれに統一しているように見えるので、その公式サイトの表記に準拠しています。
「イッセイ ミヤケ」についても同様で、先日ちょっと仕事上の必要があって調べたのですが、コーポレートサイトを見にいくと、「イッセイ・ミヤケ」でも「イッセイミヤケ」でもなく、「イッセイ ミヤケ」(2語の間に半角スペース)とあったので、ぼくもこれを書くときにはそうしています。
最後に、上記の「3」についてですが、再び「モダンジャズ」の話に戻ると、たとえば相倉久人さんの本を一冊取り出して、その中で使われている表記に合わせる、という手があります。
これにより、もし誰かから「その表記は変だぞ」と言われても、「でも、相倉さんもそう書いているので・・」と、正当性を主張することができます。
これは何も、議論に勝つために強力な味方をつける、みたいな話ではありません。単に事実として、自分なんかの何百倍、何千倍もそれに精通している人が選んだ表記を採用しているだけなので、指摘があればそちらにお願いします、と言っているわけです。
尊敬できる専門家が何十年もかけて辿りついた認識に、ちょっとやそっとの勉強で追いつけるわけがありません。だったら、車輪の再発明のようなことはせず、その人の認識を借りることで、自分は自分の専門分野に最大限のリソースを注いで社会に貢献しよう、みたいな話です。
そのような流れで、いま念のために、手元にある相倉久人さんの新書『ジャズの歴史』を開いてみましたが、なんとモダンジャズの表記は「モダン・ジャズ」になっていました(笑)。すごい、10年前の自分の方が相倉先生の感覚に近かったですね。すまなかった、よく頑張ったな、と自分を褒めたいです。
(といっても、これは編集者の方針であって相倉さんの方針ではない可能性もありますが)
ということで、じつはナカグロの有無にまつわる例は他にもいくつかあったのですが、十分長くなったので、ここまでにします。
明日はまた、別の話題の予定です。