学習しなくてもいい事もある。
学習性無力感あなたはこの言葉を知っていますか?
学習性無力感とは、長期にわたってストレスの回避困難な環境に置かれた人や動物は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという現象である。他の訳語に学習性絶望感、獲得された無力感、学習性無気力がある。
なぜ罰されるのか分からない(つまり非随伴的な)刺激が与えられる環境によって、「何をやっても無駄だ」という認知を形成した場合に、学習に基づく無力感が生じ、それはうつ病に類似した症状を呈する。1967年にマーティン・セリグマンらのオペラント条件づけによる動物実験での観察に基づいて提唱され、1980年代にはうつ病の無力感モデルを形成した。
僕もこの状況に陥った事がありますが、これが学習性無力感とは知りませんでした。人間は常に学び成長する生き物、しかし『何をやっても無駄だ』という事まで学習して定着してしまうとは恐ろしいものです。
無力感を学習する前に
何をやっても怒られる。やり方を押し付けられる。自分の考えが尊重されない。『何をやっても無駄だ』と無力感を学習する前にその環境から勇気を出して逃げ出しましょう。逃げる勇気も大切です。
起業家の家入一真さんもこのような事を言っています。
逃げることは、決して悪いことじゃない。前に進めなくて立ち止まるくらいなら、全力で後ろ向きに走ればいい。
この言葉に出会うまで僕は“逃げる事=かっこ悪いこと”と思っていましたが、考え方が変わりました。逃げる事はかっこ悪い事ではなく、自分で決断するかっこ良い行動だと。周囲の人達には笑われるかもしれませんし、バカにされるかもしれません。それでも自分を信じて行動する事が大事です。