Mother

ぬくもりの恩返し

初めて感じる母のぬくもり

人はみんな母のぬくもりを感じながら誕生する。生命が宿ったその瞬間から母のお腹の中にいるのだから。

母のぬくもりは優しい。たった一つのぬくもり。恒久的なぬくもり。

僕が生まれてすぐの頃、母は不安で仕方がなかったに違いない。生まれた時から僕は病気がちで、すぐに保育器の中に入った。体に膿が溜まっていて麻酔されて切開手術を受けた。赤ちゃんの体に麻酔はきつくて嘔吐を繰り返す。それは不安で仕方がなかっただろう。

そんな病弱な赤ちゃんの僕を母は優しく包んでくれていたに違いない。記憶には当然ないのだけれど、そのぬくもりを懐かしく思うのだから。


病気がちの僕も幼稚園に上がる。そこでも母は優しかった。口下手でお話するのが苦手な僕に勇気を出して周りのお友達に話しかけるように促してくれた。母のおかげで初めての友達ができた。


厳しさの中の母のぬくもり

小学生に上がった頃から母は厳しくなった。フライパンで頭を叩かれたり、平手打ちをされたり。当時は恐怖でしかなかったけれど、今ではよく話すネタ話だ。

  • 内緒でゲームをして叱られた。
  • テストの結果が悪くて叱られた。
  • 友達と遅くまで遊んで叱られた。 etc

数えればキリがないほど叱られた。当時は恐怖心でしかなかったのになぜだろう?今こうして振り返ると厳しい母の姿にぬくもりを感じる。


見守る母のぬくもり

高校生になった頃から母は再び優しくなった。僕の意見を大方尊重してくれるようになった。勉強、バイト、遊び、部活全て自由にさせてくれた。

  • 徹夜でゲームしてても叱られない。
  • テストの結果が悪くても叱られない。
  • 友達と夜通し遊んでも叱られない。

母に信頼してもらえていた。母は口うるさく叱らなくなったけど、いつもそっと僕の事を見守ってくれていた。見守ってくれている母のぬくもりを感じていた。


社会人になった頃も母は優しかった。残業続きで夜遅くに帰った時、僕が仕事の悩みを吐露すると優しく微笑みかけてずっと聞いてくれていた。がんばれとも言わないし、叱りもしない。ずっとずっと僕の話を聞いてくれていた。


灯火の母のぬくもり

僕が20代後半になった頃、母の様子が少しづつおかしくなってきた。言ってる事がちぐはぐになりわがままばかり言う。年を取ればわがままになると言うけれど、ここまでひどくなるのか。

『めんどくさい。』

僕は母を突き放した。出来るだけ関わらないようにした。

母のわがままはどんどんひどくなっていった。それでも僕は忙しいと突き放していた。

何ヶ月か経ったある日、母から電話がかかってきた。母は泣きながら僕に言った。

『お母さんパニック障害なんだって。どうしよう。助けて。』

やってしまった。。。

そう思った瞬間涙が止まらなかった。慌てて母の所に戻った。2週間程母の側を離れず付きっきりでいた。

母は頻繁に泣き恐怖で表情や体は強張り常に震えていた。優しく僕を包んでくれていた母の面影はどこにもない。泣いて死にたいと言う母。周りに罵声をあげる母。こんな姿の母を僕は見たくなかった。でもこれは現実だ。必死で母に寄り添うものの一向に良くならない。僕は働いていたし家庭もある。これ以上会社にも家庭にも迷惑をかけられない。

母はそんな僕の気持ちに気づいたのか、切ない表情で『帰っていいよ。お母さんがまたわがまま言わないうちに帰って。』と言った。

僕は後ろ髪を引かれる気持ちだったけど、急いで実家を出た。涙が止まらなかった。空を見上げ目頭を押さえてしばらく立ち尽くしていた。胸が締め付けられて苦しく切なかった。


ぬくもりの恩返しを

その後も週に数日実家に帰る日々が続いた。母も少しづつ落ち着いてきて元気になってきた。

もう昔の元気な頃の母には戻らないかもしれないけど、僕の母には変わりない。病気になったり、反抗期になったり、思春期になったりしてどんどん変わる僕を母はいつも変わらないぬくもりで包んでくれていた。本当に感謝しても感謝しきれない。

これからは僕が母にぬくもりの恩返しをしよう。

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