This story is a collaboration between Biz/Zine and Evertale Magazine. Photo by Tavis Beck on Unsplash

2018年7月に東京で行われた人工生命国際会議「ALife 2018」を成功に導いたチームの舞台裏には、日本におけるTEDxKidsのパイオニア、青木竜太の存在があった。彼はいかにして人工生命に出合い、そして、「生命のOS」が生み出すこの技術によってどんな社会をつくろうとしているのか?

1987年9月21日、米ニューメキシコ州にあるロスアラモス国立研究所に、約160人の科学者が集まった。オッペンハイマー研究センターの2階で顔を合わせたのは、コンピューター科学者、物理学者、生化学者、理論生物学者、人類学者、動物行動学者といった分野の科学者だ。そのなかには進化生物学者のリチャード・ドーキンスや植物学者のアリステッド・リンデンマイヤーも含まれていた。

彼らが5日間の会議で話し合ったのは、「人工生命」(Artificial Life/ALife)と呼ばれる研究分野についてだ。ロッキー山脈の南に位置するこの広大な研究所は、かつて原爆開発が行われたことで知られているが、ALifeから生まれる科学技術は「原子爆弾の開発以来の最も衝撃的なものだろう」とスティーヴン・レヴィは著書『人工生命』のなかで書いている。

ALifeの歴史は、生命を数学や物理学の観点から解き明かそうとした科学者たちの歴史でもある。「人工生命の父」は、コンピューターの生みの親として知られる天才数学者のジョン・フォン・ノイマン。1951年に彼が、「オートマトンの一般論理学的理論」によってあらゆる生物もオートマトンの一種である、すなわちその振る舞いを数学的に記述することができると発表したのがALifeの夜明けだった。

初期の人工生命プログラムとして知られるのは、1987年にクレイグ・レイノルズが考案した「ボイドモデル」。コンピュータ上の鳥のオブジェクトに、「ぶつからないように互いに距離をとる」「互いに向きを揃える」「離れたところから集まってくる」の3つのシンプルなルールを与えるだけで、オブジェクトは生きた鳥の群れのような振る舞いを示した。Photo by James Wainscoat on Unsplash

1957年にノイマンが亡くなってからも彼の思想はさまざまな科学者に引き継がれていき、没後30年を経て、コンピューター科学者のクリストファー・ラングトンによってALifeは正式な研究分野として確立されることになる。「生命とは何か?」という問いに対して、ただ「われわれが知っている生命」(Life-as-we-know-it)を観察するだけでなく「ありえたかもしれない生命」(Life-as-it-could-be)を創造してみるべきだ、というのがその基本的なアプローチだ。

ロスアラモスで行われた第1回人工生命国際会議(あるいは「A-life Ⅰ」と呼ばれる)の告知文で、ラングトンはこう綴っている。

人工生命は、自然の生命系に特有のふるまいを示す人工的なシステムについての研究である。これは生命というものを、地球に生じた特別な例に限定せず、可能なかぎりの表現を通して説明しようとするものである。これには生物学や化学の実験、コンピュータによるシミュレーション、純粋に理論的な研究が含まれる。分子、社会、進化の規模で起こる過程もその対象となる。究極の目標は、生命系の論理形式を抽出することである。
電子工学や遺伝子工学によって、いままでの<試験管内(in vitro)>ばかりか、<シリコン内(in silico)>にも新しい生命形態を作り出すことができるだろう。これによって人類は、いままでで最も深い技術的、理論的、倫理的な問題に直面することになるだろう。(『人工生命──デジタル生命の創造主たち』)

そして2018年7月。ロスアラモスでの国際会議からさらに31年を経て、人工生命国際会議「ALife 2018」が東京で開催された。1987年以来、これまでALifeカンファレンスを毎年交互に開催してきた米国と欧州の学会が統合されることが昨年決まり、統合後初となる会議の開催地として選ばれたのが、ここ東京だった。

「新しいALifeがつくれるかもしれない」。ALife 2018の実行委員長を務めた複雑系科学/ALife研究者で東京大学教授の池上高志は、開催前にそう語ってくれた。池上によれば、ALife研究はさまざまなコンセプトが生まれた90年前後以降、約20年の間ほとんど進歩がなかったという。「2008年にイギリス・サウサンプトンで行われた国際会議でぼくは『Artificial Life is Dead(ALifeは死んだ)』という基調講演をしたんだけど、実際にそう思っていた」

しかし2008年以降、ビッグデータ解析、ブロックチェーン、そしてディープラーニングといった「サイエンスの在り方」を変えるような技術が生まれていった。そして、かつてのようにコンピューターシミュレーションのなかだけでなく、現実世界に存在するアートやウェブシステム、あるいはゲームや倫理といった観点から生命現象を考える動きが始まった。

「いままでぼくがやってきた人工生命とはまったく違うような人工生命が生まれてきた」と、それらのムーヴメントを指して池上は言う。「2008年に『ALifeは死んだ』と言ったけれど、新しい知、新しい運動を取り込むことで、ALifeを新生させられるんじゃないか──そうした目的でALife 2018は始まりました」

本会議を主催した「ALife Lab.」はALifeをテーマに研究者と他分野をつなげるために2016年に生まれた団体で、池上のほか、ウェブサイエンス研究者で筑波大学准教授の岡瑞起、そして2011年からTEDのフランチャイズ版で子どもたちにとって伝える価値のあるアイデアをシェアするイヴェント「TEDxKids」プログラムを日本で始め、コミュニティ創出を専門とするデザインファーム VOLOCITEE Inc.を運営する青木竜太の3人が中心メンバーだ。

2017年11月に『Biz/Zine』に掲載された「人工生命(ALife)とは何か──AIや生物学との違い、『都市デザイン』や『組織』への応用」と題された約7,000字のコラムで、青木は生物学や人工知能と比較しながらALifeについて説明し、その可能性を綴っている。それまでTEDxやコミュニティ運営の分野で活躍してきた彼が現在ALifeをテーマに活動していることを、このコラムで知った人も少なくないだろう(筆者もそのひとりだ)。

しかし、その記事のなかに見当たらなかったのが、なぜ彼がALifeに取り組むことになったのか、という理由だった。

「生命とは何か?」をテーマにした動画。ALife 2018 プレカンファレンスの冒頭に流された。

青木竜太がTEDに出合うことになったのは、30歳のときに経験した2つの「死」がきっかけだった。ひとつは自身ががんと診断され、余命数カ月の可能性もあると医者に言われたこと。そしてもうひとつは、親しい友人が自殺をしてしまったことだった。

「ディスカバリーチャンネル」とコンピューターにのめり込んで育った青木は、20歳のときにバイト先のパソコン教室の仲間たちと起業、その後もいくつかの企業でソフトウェアプログラマーとして働きながら20代を過ごした。20代前半で結婚し、30歳になるころには2人の子どもがいたが、当時は家族と過ごす時間もほとんどとれないほど仕事漬けの毎日だったという。そんなときに2つの「死」を経験し、彼は自らの生き方を問い直すことになる。

青木竜太|RYUTA AOKI
1979年生まれ。社会彫刻家/コンセプトデザイナー。プログラマーとして複数の企業でソフトウェアプラットフォーム開発を手がけたのち、2009年に「TEDxTokyo」にボランティアとして参加。2011年に子どもに焦点を当てた初のTEDxである「TEDxKids@Chiyoda」をスタートし、コミュニティ創出を専門とするデザインファーム VOLOCITEE Inc.を創業する。そのほか「Art Hack Day」「The TEA-ROOM」「TAICOLAB」などのプロジェクトでコミュニティ創出・運営を手がける。2016年に人工生命研究者と他分野の共創を促進するための団体「ALIFE Lab.」を、複雑系科学/人工生命研究者の池上高志、ウェブサイエンス研究者の岡瑞起とともに立ち上げる。2017年、人工生命の技術や視点を社会応用するための企業オルタナティヴ・マシンを共同創業。

「自分の病気のこと、友人の自殺と重なって、『死』を強く意識した。『時間には、限りがあるな』と思いました」。青木は2012年の『greenz.jp』のインタヴューでそう語っている。「(自殺をしてしまった)友人みたいに才能があるのに活かせなかったのは、本当にもったいない。多くの人が、色々なことに挑戦できる場があればいいなと思ったんです」

手術によってがんが完治すると、彼は仕事を辞め、2009年に日本に上陸した「TEDxTokyo」のボランティアに参加をする。そして約1年にわたるTEDxTokyoでの活動を経て、2011年、日本初の子ども向けTEDxカンファレンス「TEDxKids」を自ら立ち上げることになる。子どもたちに自分が大切だと思うことをもっと伝えていきたい──がんと診断され仕事を休んでいる間に、久しぶりに子どもと一緒に時間を過ごすなかで感じた願いを、彼はTEDxというプラットフォームを使って実現させたのだった。

同じく2011年には、TEDxで培ったコミュニティの創出・運営に特化したデザインファーム VOLOCITEE Inc.を創業。そのミッションは「Prototype People’s Creativity」。TEDxを含むさまざまなプロジェクトにおけるコミュニティ運営を通じて、彼は人々の自発性と創造性を引き出しながらチームをつくる経験を重ねていった。

「竜太さんは、こういうリーダーと働けたら最高だなと思う理想のリーダーですね」と言うのは、20〜30代の若者に焦点を当てたTEDxカンファレンス「TEDxTokyo yz」のボランティアとして当時青木とともにイヴェント運営に携わっていた大本綾だ。

「ヴィジョンを掲げて向かうべき方向を見せてくれるんですけど、全部を自分で決めていくのではなく、周りの人を信頼しながらそれぞれのメンバーがやりたいことを実現できるような場をつくってくれる。その過程で、本人も気づいていなかったポテンシャルを引き出してくれる──それが、彼のリーダーシップのとり方でした」。TEDxでのボランティアの後にデンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」への留学を経て、現在はデンマークと日本をつなぐ教育デザインファーム・レアの代表を務める大本は言う。

「それ以上に、相手の年齢や立場にかかわらず、どんな人にでも丁寧に接してくれるのが竜太さんのすごいところです。誰に対しても謙虚だけれど、同時に圧倒的な存在感がある。そんな、不思議な魅力をもっている人だなというふうに思いますね」

2014年に行われたTEDxKobeSalonにて、青木は「コミュニティ運営の5つのレッスン」をテーマに登壇。「1.楽しいが行動原理 2.アンコントロールのデザイン 3.関わり合いのマッチング 4.リーダーシップは地位ではなく行動 5.休憩のデザイン」という、TEDxの運営で培った5つの学びを共有した。

TEDxKidsの活動を通して青木は、やる気があるのに「社会の常識」という壁に突き当たっている子どもたちをサポートすることにモチベーションを感じるようになっていったという。

「仕組みによって、空気感によって、常識によってやりたいことができていない人たちに対して、何かぼくが後押しできる仕組みをつくることでその状況を変えていく──それはかっこいいことだし、世の中を変えることにつながるはずです」。この記事を書くために最初のインタヴューを行った4月下旬のある雨の朝、当時彼が仕事場として使っていた小石川のシェアオフィス「ハーフハーフ」のミーティングスペースに座って青木は言う。PCに本やマンガ、TEDxKids@Chiyodaで使われた装飾などに囲まれた彼のデスクは、まるで隠れ家のようだった。「そうやって世の中の意識を変えられたらおもしろい。そうした活動がぼくは好きなんだと、だんだん思うようになっていきました」

2014年に青木がアートに特化したハッカソン「Art Hack Day」を始めたのも、アーティストという、価値ある活動をしているにもかかわらず社会のなかで評価されにくい人々の可能性を最大化することが目的だった。ヨーゼフ・ボイスが提唱したように、切り口を変えることで社会に新しい見方や考え方を提供することこそが自身が行いたいことであると考え、2017年から彼は肩書きを「社会彫刻家」に変えている。

岡瑞起が青木に会って最初に思ったことは、「声がいい人」ということだった。2人が会ったのは2016年1月、場所は代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで、文部科学省が異分野の研究者同士が交流することを目的に主催する「COI(Center of Innovation)2021 会議」のリハーサルをしているときだった。

岡瑞起|MIZUKI OKA
1980年生まれ。筑波大学大学院システム情報工学研究科・准教授。筑波大学でコンピューターサイエンスを学び、2008年に博士(工学)を筑波大学で取得。東京大学・知の構造化センター・特任研究員、筑波大学・助教を経て2015年より現職。専門は、ウェブサイエンス、人工生命。2016年7月に池上高志・青木竜太と「ALife Lab.」を立ち上げ、ALifeの研究者と他分野との共創を促進するべく活動中。ALife Lab.のメンバーとドミニク・チェンとの共著書に『作って動かすALife』がある。人工知能学会・ウェブサイエンス研究会主査を務めるほか、TEDxTokyo 2012、TEDxTsukuba 2013でも講演している。http://websci.cs.tsukuba.ac.jp/

2010年から池上とともに人工生命の共同研究を行っている岡は、自身が司会を行ったその会議のアートディレクターを務めていた青木が研究者たちにプレゼンテーションのコーチングをしているところを見て、ふと2年後のことを思い浮かべたという。当時、岡や池上を含む日本のALife研究者たちは、2018年に行われるALifeカンファレンスの開催地に立候補するかどうかを決めかねていた。やりたいとは思っていたけれど、日本には決してALife研究者が多いわけではない。自分たちだけでやると、いっぱいいっぱいになってしまうのではないかと。

「日本にALifeのコミュニティがないことが問題意識としてありました」と、岡は振り返る。そんな彼女にとって、TEDxやArt Hack Dayといったコミュニティを立ち上げ、育ててきた青木は、日本のALife界をさまざまなフィールドに開いていくために必要な人物に見えた。「青木さんがコミュニティをつくる活動をされていることに興味をもち、ALife 2018を日本で開催するにあたって、ALifeのコミュニティを一緒に盛り上げていけたらと思いました」と岡は言う。COIの懇親会で、彼女は青木にALifeの活動を一緒にやりませんかと声をかけたという。

その数週間後、岡の紹介で青木は東京大学の池上研究室を訪ねることになる。池上高志は、見かけも中身もロックミュージシャンのような科学者だ。細身で背が高く、どことなく忌野清志郎やミック・ジャガーのような風貌に見えなくもない。一度口を開くとぶつぶつと、しかし熱っぽく早口にしゃべる。東京大学駒場キャンパスにある彼の研究室を訪ねた青木は、ポスターが張りめぐらされた入り口を見て「一見するとバンドの部室みたいだった」と思い出す。そのときに池上は、2018年のALifeカンファレンスを、研究者だけでなくさまざまな分野の人が参加できる「TED Likeなもの」にしたいと青木に語ったという。「ギラギラしているけれど、一方で偉そうにする様子はなく、この人とは一緒にやれそうかなと思いました」と青木は振り返る。

池上高志|TAKASHI IKEAGAMI
東京大学総合文化研究科教授。博士(物理学)。複雑系・人工生命の研究のかたわら、渋谷慶一郎、evala、新津保健秀らとのアート活動も行う。著書・共著に『動きが生命をつくる』『生命のサンドウィッチ理論』『人間と機械のあいだ』、アート作品に「Mind Time Machine」「Bird Song Diamond」など多数。2016年に大阪大学教授の石黒浩とともにアンドロイド「オルタ」を開発。http://sacral.c.u-tokyo.ac.jp/

ALifeのことについて語るときに多くの人が口を揃えるのが、この学問が「世界の新しい見方」をもたらすということだ。ALifeは「遺伝物質=生命」と思われていた20世紀の生物学に対するアンチテーゼであり、トップダウンで知性をつくり出す人工知能とは反対にボトムアップで立ち上がる知性の構築を目指し、大量のデータを俯瞰して見えてくる構造を捉えることで、ミクロな状況だけを見ていてはわからなかった視点を提供する。そして何より、「生命のOS」を見つけ出し人工的に生命をつくり出すことができたら、人類の価値観や「生命」に対する認識は大きく変わることだろう。

青木の言葉を借りれば、ALifeがもつこの「科学界のカウンターカルチャー」的な要素こそが、彼がALifeに惹かれた理由だった。青木は言う。

「いま常識だと思われていることをいかに変えて、新たな人の行動をつくっていくことができるか──TEDxでもArt Hack DayでもALifeでも、やりたいことはそこに尽きると思っていて。結局ぼくは、純粋にあることをやろうとしている人たちの行動を妨げる何かがあったときに、それを取り払って彼らの行動を促進させることで、一緒に新しい世界をつくり上げる、というのが好きなんですよ。そうした要素が、やっぱりALifeの活動にもある。ぼくなりのスキルを用いて、ALifeの価値観を社会に普及させることができたらすごく楽しいし、新しい世界をつくれるかなと思っている」

2016年7月。2年後のカンファレンスが日本で行われることが決定した直後に、池上、岡、青木の3人は、ALifeをテーマに研究者と他分野をつなげるためのプラットフォームとして「ALife Lab.」をスタート。今年のカンファレンスを主導しただけでなく、ALifeの理論と技術を学ぶスクールプログラム「School for ALife」やもともと青木が主催をしていた「Art Hack Day」を通して、研究者はもちろん、アーティストやエンジニアとともにALifeについて考える場をつくっている。

また2017年には、3人はALifeの知見を使った共同研究・受託開発をするための企業として株式会社オルタナティヴ・マシンを創業。「あらゆるものに生命性をインストールする」、そして「あらゆるものに生命性を見出す」ことをミッションとする研究者集団であり、池上、岡の研究室のほか、東京工業大学地球生命研究所、北海道大学、名古屋大学、沖縄科学技術大学院大学、サセックス大学、トロント大学、ビンガムトン大学のALife研究者13名がパートナーとして参加する。これだけのALife研究者が集まる企業は世界にも類がない、と青木は言う。彼らは現在、建築や都市デザイン、物流、組織のデザインといった分野で、大学や企業と共同研究・開発を進めている。

「竜太さんがALifeをやると聞いても、そこまで驚きませんでしたね」と語るのは、2011年に「TEDxTohoku」を立ち上げ、現在はバイオミミクリデザイナー/マテリアルサイエンティストとして活動する亀井潤だ。

「竜太さんを見ていると、プロジェクトごとにアプローチする内容こそ変わってはいるけれど、いつも方法は類似しているのかなと思います。彼はコミュニティをつくりながら、未来性のあるテーマを表面化させていくことをすごく得意としている。それも、いろんなスキルをもった人たちを巻き込みながらです」。TEDxTohoku設立時にTEDxの先輩である青木に相談をしたことをきっかけに、現在に至るまで青木のプロジェクトを手伝うようになった亀井は言う。

「いまは社会的にはAI的な考え方が主流ですけど、おそらく今後はもっとALife的な発想が必要になり、それがどう社会や人間の倫理観に影響を与えるのかを考えていく必要がある。そういう意味では、ALifeというテーマを扱うためにはテクノロジーだけじゃなく、社会のあらゆる領域を切り取る必要があります。それが、竜太さんが好きな多面的なアプローチと合致していたんじゃないかなと思います」

2018年7月22日に日本科学未来館7階のホールで行われたALife 2018 プレカンファレンスは、まさに「TED Like」なイヴェントだった。ステージは「細胞の分裂」をモチーフにしたブルーのアクリル版のオブジェクトであしらわれ、その周りを囲む扇形の会場には、研究者から起業家、エンジニア、クリエイターまでを含む約250人のオーディエンスが参加した。

午前10時、司会を務めた池上と岡の2人がヘッドセットマイクロフォンをつけてステージに登場。「カンファレンスのテーマは『Beyond AI』。AIはゆっくりと死に向かいつつあり、その次のステージがALifeなのです」と池上が語れば、岡は「このカンファレンスから、新しい、そして予想もしていなかったコラボレーションが生まれることを期待しています」と、ALife研究やその視点をあらゆる領域に広めていくためにこのプレカンファレンスを開くことを決めたのだという趣旨を語った。一部のパネルディスカッションを除き、司会もプレゼンテーションも、すべて英語で行われた。

スピーカーとして登壇したのは、Uber AIセンターの設立メンバーであるケン・スタンリー、物理学者でカオス理論を使って株価の予測を行う投資会社をつくったことでも知られるノーマン・パッカード、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の客員研究員を務めるアレックス・ペン、茂木健一郎に落合陽一、Mistletoeの孫泰蔵、『Everything』で2017年のアルス・エレクトロニカで最優秀賞を受賞したゲームクリエイターのデイヴィッド・オライリーなど、17人の科学者・アーティスト・起業家だ。ALifeから考える社会問題や米大統領選挙時におけるTwitterの影響、進化と創造性、生命と意識、アートとサイエンスの関係まで、「広める価値のあるALife的視点」が語られた。

各セッションの冒頭には和田永やevalaといったアーティストが迫力満点のパフォーマンスを行い、それぞれのプレゼンテーションが終わるごとに池上がステージに上がり、クリス・アンダーソンよろしく、登壇者との短い会話を楽しんだ。それらの演出は、文字通りイヴェントを「alive」なものにしていた(あとから聞いたことだが、当日のイヴェントは青木が呼び集めたTEDxのメンバーが中心になり運営されていたという)。

「Beyond AI」というタグラインに込められた意味をわかりやすく説いていたのは、第3セッションのパネルディスカッションに登壇したスマートニュース共同CEO・鈴木健の言葉だろう(ちなみに彼は池上研究室出身だ)。「AIってどうしても人間を中心に考えがちなわけですよね。人間の知能に比べてどうなのかって常にみんな考えているわけですよ。正直、囲碁のプログラムが人間より強くなるかってどうでもいいじゃないですか。だって、ほとんどの人間よりもすでに強かったんだから」と、鈴木はパネルの最後に語っている。

「(それに対して)人工生命って『人間中心じゃなくていいでしょ』という発想なわけですよね。人間を中心に考えるんじゃなくて、われわれはエコシステムの一部であると。生命っていうものはもっと広い。人間よりも広いんだと。そういう意味で、(人工生命は)極めてエシカルな思想だと思っています」

壇上で司会を務めた池上と岡の2人とは対象的に、この日青木はステージに立つことはなく、ヘッドセットマイクロフォンをつけて会場の最前列左端に座り、登壇者へのキュー出しや司会2人への指示といったステージディレクションに終始徹していた。「当初は司会をやってほしいとも言われていたんですが、やはりALife研究の発表の場でもあるので、ぼくは裏方に徹することにしていたんです」。カンファレンスが終わってから当日のことについて聞いてみると、彼はそう教えてくれた。

しかし、カンファレンスでは最後に一度だけ、この日の主役に名前を呼ばれて青木がオーディエンスの前に姿を見せることがあった。「このようなカンファレンスをやろうというアイデアは無茶な考えで、責任は(言い出した)ぼくにあります(笑)。でも終わってみれば、ぼくら研究者だけでは到底できなかったおもしろいイヴェントになりました」──約8時間に及ぶすべてのセッションが終わり、クロージングのあいさつのためにステージに立った池上はそう語った。彼が運営チームを讃えるために代表して呼んだのは、青木の名前だった。

PHOTOGRAPHS COURTESY OF ALIFE Labs. (BY-NC 3.0)

「ALife 2018は終わりじゃなく、どちらかというと始まりです」と岡が言うように、今年のカンファレンスは、池上が言うところの「新しいALife」から生まれる技術や視点を社会に広めていくためのスタート地点になったといえるだろう。

もちろん、AI研究がたびたび通ってきたような「冬の時代」が再びALife研究に訪れないとは限らないし、たとえALifeという技術や考え方が(いまのAIのように)社会に根づいたとしても、あらゆるテクノロジーと同様、ALifeの技術も悪用されれば負の影響を及ぼす存在になりうるだろう。たとえばAI脅威論で語られるようなディストピアは、そのままALife脅威論としても成り立つことになる。「冷酷で邪悪な機械や、遺伝子工学でつくられた悪意のある生き物が人間を圧倒する、という悪夢のようなシナリオを想像するのは簡単だ」。米国の物理学者ドイン・ファーマーはかつてそう書いている。

だからこそALife Lab.は、哲学者や社会学者、アーティストなどを含む学際的なコミュニティをつくり、その倫理や社会との接点を議論しながらALifeを広めようとしている。それは岡の言葉を借りれば、人々がALifeを語るための「共通言語」をつくるための取り組みでもある。

ALifeの認知を広げるための「啓蒙の場」(世界のALife研究者の視点を綴るメディアを立ち上げる予定だという)に加えて、ALifeを扱える技術者を増やすための「学びの場」(School for ALife)、そしてALife的思考をアートというかたちで世に問うための「発表の場」(ALife Art Award)という3つの場をつくりながら、企業とともに新たなサーヴィスやプロダクトをつくることでALifeの技術を社会応用していくことが、ALife Lab./オルタナティヴ・マシンの目下の目標だと青木は説明する。

果たしてあらゆるものに生命性がインストールされた「人工生命化された社会」は、どんな姿をしているのだろうか? 「鳥から飛行機を引いたもの」こそがALifeが可能にする技術だと池上は言う。「それが何になるのか、それによって社会がどう変わるのかはわかりません。でもそれが実現したときには、飛行機が空を飛び交う代わりに、鳥的なものが存在することになるのでしょうね」

そうした「生命テクノロジー=リヴィングテクノロジー」によって青木がこれから彫刻していくのは、これまでのテクノロジーがつくり上げてきた人間中心・効率至上主義とは異なる価値観でつくられる社会になるのだろう。それは20代でテクノロジーによる変革を、30代でコミュニティと人の創造性が生み出す魔法の瞬間を追い続けてきた彼だからこそ描ける、それら2つの力をハイブリッドすることで生まれる社会ともいえるかもしれない。

「効率や利便性ばかりを追い求めていると、それは味気ない世界になっていってしまうと思うんです」と青木は言う。「いままで人工物だったものが生命性を帯びていき、それと向き合うことによって心の弾力性や感受性を保ち続けたり、あるいはコミュニティをより生き生きとさせたりすることができる──リヴィングテクノロジーとは、そんな状況を生み出すテクノロジーなんじゃないかと思っています。人間の効率のためだけに存在するテクノロジーではなく、人間に新しいわかり方をもたらすことができる、人間が新たな世界の見方を獲得することを、可能にするものなのです」