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IoT・ブロックチェーン・AI・ロボティクスのすべてを手がける異色のエンジニア集団、クーガー。自動車からドローン、家電にロボットまで──彼らが描く次世代オートメーション技術によって、あらゆる情報とデヴァイスが自律連動する「コネクトームの世界」が訪れようとしている。

ブロックチェーンの次なる未来は、「スマホの修理」から始まった。

2017年9月27日、KDDIは国内初となる「Enterprise Ethereum」(イーサリアムの企業連合)を活用したスマートコントラクトの実証実験を開始すると発表。携帯電話を店頭で修理する際に、修理価格や機種変更価格をシステムに自動で判断させ、異なる事業者間で最適な契約が行えるかを検証する。ブロックチェーン技術による予め取り交わされた契約を改ざんが困難なかたちで自動執行する仕組み「スマートコントラクト」を、リアルの世界に適用するための第一歩である。

実はこの「AI×IoT×ブロックチェーン」を使った次世代サーヴィス基盤の実証実験は、KDDIだけによって行われているものではない。プレスリリースの発行元に「KDDI株式会社」「株式会社KDDI総合研究所」と並ぶのは、「クーガー株式会社」。渋谷を拠点にする、わずか10人の小さな、だがブロックチェーン・人工知能(AI)・IoT・ロボティクスを横断的に手がける稀有なスタートアップである。

「このリリースは、『ブロックチェーンという新たな領域で世界と張り合っていくにあたって、KDDIだけで闘えるとは思っていません』というメッセージでもあります」と語るのは、KDDIコンシューマ事業企画本部兼KDDI総合研究所に勤め、同社の「AI×IoT×ブロックチェーン」関連のプロジェクトを率いる茂谷保伯だ。「いまのブロックチェーンは『銀行』や『物流』といった業種ごとの課題解決のために閉じてしまっていますが、この技術の本質は、異業種間が連携できる基盤をつくることだと思っています。KDDIが業種を越えた実験場を用意することで、パートナーとなるスタートアップが成長し、環境にも知見が溜まっていく──そうしたよい相互作用を生んでいかなければいけません」

なぜKDDIは、ブロックチェーンという新しいテクノロジーを使った次世代ビジネスの基盤をつくるに当たって、クーガーという小さな会社をパートナーに選んだのだろうか? 「アマゾンやグーグルといったシリコンヴァレーの巨人が、リアルかつローカルな場に進出してきているなかで、彼らの行動がぼくらの生活にダイレクトに影響するようになってきています。そうした企業と本気で闘えるサーヴィスをつくるためには、日本でも最高のチームをつくらなければいけないと思いました」。もともとは2016年春、KDDIのあるビッグプロジェクトを行うためにAIの知見と大規模システムの開発経験をもつ人物を探していた際にクーガーの存在を知った茂谷は言う。

「あらゆる人づてを使って『天才を探してください』と頼み、出会ったのが、クーガーの石井さんでした」

クーガーのウェブサイトを開くと、VRヘッドギアを着けた女性が現れる。さらにスクロールをすると、

・IoT=現在の状況をリアルタイムで把握する「五感」
・ブロックチェーン=信頼できる情報伝達の基盤となる「神経や血管」
・AI=膨大な情報を分析・理解し意思決定を行う「頭脳」
・ロボティクス=意思決定された行動を実行していくための「身体」

という説明が表示される。クーガーが、自律=オートメーションを「人間のように動くこと」と定義していることをよく表すメタファーだ。

IoT・ブロックチェーン・AI・ロボティクス。いずれもテック系のニュースサイトで見ない日はないほどのバズワードになっている技術だが、これらが単体で社会に実装されることはないだろう、とクーガーの共同創業者兼CEO、現在43歳の石井敦は言う。「IoTやAIが使われてデータが増えれば増えるほど、それらのデータが正しいのか、その信頼性はどのように担保すればいいのかという問題が出てきます。それを担う技術がブロックチェーンであり、これはAIの成長履歴やデヴァイスの使用履歴を記録するためにも使うことができます」

石井は、KDDIと行う実装実験の先に、IoT・ブロックチェーン・AI・ロボティクスをつなぐ、次世代オートメーション技術のためのゲートウェイ(異なったプロトコルをもつデータの相互通信を可能にする仕組み)の設計を計画している。無数のデヴァイスが脳の神経回路のように自律的に機能する様子をイメージし、彼はこのゲートウェイを「コネクトーム」と呼ぶ。

「シンプルに言えば、すべての空間がスマートスペース化し、ジャーヴィスがいるような状態になっていくと思うんです」。渋谷駅と原宿駅のちょうど真ん中、明治通りに面した雑居ビルの3階と4階にあるオフィスで、石井はコネクトームのインストールされた未来を想像する。

「たとえば、牛乳をいつも5本買っている人がいるとしたら、冷蔵庫が中身をセンシングして、5本以下になったら自動で注文する。その際に過去の取引実績をもとに、最も信頼できる業者から、金額などを予め設定していればその条件に合ったものを選ぶ。そして支払いは仮想通貨で自動的に行われ、数十分後にはドローンで届いている、といったことが可能になります。押さなくても勝手に注文・配達をしてくれるアマゾンダッシュのようなものです」

言い換えればこれは、企業や業種間を横断した、究極の「需要と供給の自律連動」が行われる世界である。仮に近い将来、ほぼすべての人がクルマを所有しなくなり、街には誰もが使える無数の自律走行車(未来学者ドン・タプスコットが言うところの「SUber」だ)が絶えず走っているような未来が訪れたとしよう。そのとき、「A地点からB地点まで30分以内に行きたい」とスマホで指示をすれば、その条件に最も適した、最も安価で、最も信頼できるクルマが──あるいはいずれそのクルマは空を飛んでいるかもしれないが──あなたの前に現れるというわけだ。

石井敦は5歳のときに、ロボットの心臓に当たる部分をどうしても描くことができなかった。

「腕と足を描いて、頭も描いて。でも、胸のあたりを描こうとしたときに手が止まってしまって。何かがはじめに動かないと、手も足も動かないはずだと思ったんです 。その“はじめに動く何か”がどうしてもイメージできなかった」。1974年、香川県生まれの石井は、物心付いたときからロボットに夢中だった幼少時代を振り返る。「動力の原理がどうしてもわからなくて、胸に穴の空いたロボットばかり描いていました」

石井敦|ATSUSHI ISHII
クーガー代表取締役・CEO。ライコスジャパン、楽天やインフォシークでの大規模検索エンジン開発を経て、2006年にクーガーを共同創業。現在は「AI×ロボティクス×IoT×ブロックチェーン」による応用開発を進めている。2017年にスタートしたブロックチェーンコミュニティ「Blockchain EXE」の代表を務め、これまでにのべ1,800人以上が参加する国内最大規模のブロックチェーンコミュニティを主催している。

建築家の父親の仕事の関係で小学校低学年まで転校が続いたこともあって、彼は学校が好きになれなかったという。ペースを強要される学校の勉強よりも、自分の興味のあることを独学すること(15歳のときにプログラミングと出会い、コンピューター雑誌を読みながら見よう見真似で友だちにプレイさせるためのゲームをつくった)、そして、頭のなかで空想に浸ることのほうがずっと楽しかった(中学の読書感想文はすべて架空の本を取り上げて書いた)。

学生時代は、国立高松工業高等専門学校(現・香川高等専門学校)で機械工学を専攻。20歳のとき、研究室でクルマのエンジンの設計を担当しているなかで、5歳のころから頭のなかに留めていた疑問がようやく解決した──ガソリンを爆発させて、そのエネルギーをロボットの動力に変えればいいのだと。

高専を卒業した石井は、発電所の制御システムの設計・最適化を手がける貿易企業や日本IBMでエンジニアを務めたのち、2000年、26歳のときにライコスジャパンに入社。そこで、のちにクーガーを共同創業する高橋光と出会うことになる。ライコスジャパンでは大規模検索エンジンの開発を手がけ、ライコスが楽天に買収されると、今度は楽天が運営する検索エンジン「Infoseek」や楽天本体の検索技術の開発に加わった。その後、石井は高橋とともにモバイル向けの動画技術を手がける企業・セーバーに入り、技術開発のトップを務める。セーバーで2人は、海外事業部をゼロから立ち上げてもいる(石井は新卒で入った貿易企業にいるとき、「干されていて暇だった」間に英語を集中的に勉強している)。

2006年にセーバーが売却されたとき、石井はイーロン・マスクの手がける宇宙ヴェンチャー・スペースXに行くか、“ある国内大手”から話を持ちかけられた「グーグルのオルタナティヴとなる次世代検索エンジン」の開発をするかで悩むことになる。火星に人類を運ぶというヴィジョンに感銘を受けた彼は当時、スペースXのウェブサイトの問い合わせフォームからしばしば「ファンレター」を送っていた。 「しばらくやりとりが続いて、いつの間にか仲良くなって、彼らもぼくの経歴に興味をもつようになりました。『じゃあ来る?』と、コアメンバーのひとりに声をかけてもらっていたんです」

だが石井は、高橋を誘って国内の可能性に懸けることにした。「日本で大規模検索エンジンを複数つくった経験のある人は、おそらくぼくくらいしかいない。 自分が知るもっとも優秀なエンジニアである高橋さんとともに、グーグルとは違う検索エンジンをつくる──その誘いを引き受け、法人が必要ということでつくったのがクーガーでした」。石井は笑いながら当時を思い出す。「でも、いざ会社を設立したその日に、声をかけてくれた会社の都合でプロジェクトがなくなったんです。スペースXに入るのを諦めて会社をつくったのに、初日に計画が吹き飛んでしまった(笑)」

かくして石井と高橋の2人は、なんのヴィジョンもビジネスプランもない会社をともに始めることになったのだった。

石井とのインタヴューの間、彼の口からは実にさまざまな話題が──人類史から最先端の抗がん剤、ピクサーの組織論、『her/世界でひとつの彼女』や『ブレードランナー2049』といったSF映画から漫画『ジョジョ』シリーズに至るまで──飛び出した。彼の興味は人類の身体やあらゆる思想や組織が「なぜ現在のかたちになったのか? 今後どうなるのか?」にあって、「それを知るために結果的に技術側にかかわっているだけ」とも言い切る。

高橋光|HIKARU TAKAHASHI
クーガー取締役・CTO。大手独立系システムインテグレーター、ライコスジャパン、楽天などを経て、2006年クーガーを共同創業。大規模コミュニティシステムの設計・開発に数多く携わる。デイリーで億単位のアクセスを処理するバックエンドシステムの設計・開発を得意分野とし、大規模オンラインゲームのバックエンド開発実績も多数。

社交的でアイデアマン、リーダー気質の石井に対して、クーガーのCTOを務める高橋は寡黙で冷静な職人タイプだ。質問に対しては最低限のことを、自分のペースでぽつぽつと喋る。そんな正反対の2人だが、いまから遡ること17年前、石井はライコスジャパンで高橋と初めてともに仕事をしたときから、「将来自分の会社をつくるときは絶対に高橋さんとやろう」と決めていたという。

高橋さんはいつも本質的なんです、と石井はその理由を語る。「彼の書くソースコードはびっくりするくらい短くて機能美に優れている。議論をしても常に客観的で、根拠のないことは絶対に言わない。本人には伝えていなかったけれど、ライコスのときからいつか起業するときは高橋さんを誘おうと思っていました」

何のプランもなくともに会社を始めた2人は、大規模システムの開発経験を活かして少しずつ大きな仕事をこなしていくようになっていった。数億のユーザーを有するPlayStation Networkを提供するソニー・コンピュータエンタテインメントの次世代システムの設計や、シリコンヴァレーのスタートアップ、リヴィングイメージの動画iPhoneアプリの開発、日本でトップセールスをとったのちに韓国や米国にも展開されたdangoのRPGゲーム「マジモン」、スクウェア・エニックスのオンラインゲーム、KDDIのバックエンドシステムの設計や開発。これらはすべて、石井がアーキテクチャーを構想し、高橋が開発を務めている。

クーガーの転機となるプロジェクトのすべては、石井の無茶振りから始まる。はじめに石井がビッグピクチャーを描き、高橋が現実的な技術要件を細かく確認する──そのようにして、無茶のように思えてもギリギリ実現可能なラインにハードルが設定されることになる。足りない知識は少数精鋭のメンバー全員で勉強し、フットワーク軽く次々に新しい領域を開拓していく。チームの扱う領域も増えていき、 現在はブロックチェーン、大規模システム、機械学習、ゲームAI、3Dモデリングやシミュレーションのエンジニアなど、領域を横断したエキスパートが集っている。

「ゲーム」はクーガーの個性のひとつである。オフィスにはゲーム機やゲーム雑誌が並び、人が集まれば自然とボンバーマン大会が開かれる。ゲーム出身のエンジニアは優秀なことが多い、と石井は言う。ちなみにDeepMind創業者デミス・ハサビスもキャリアの初期にゲーム会社でエンジニアを務めており、イーロン・マスクも起業時にはまずゲーム出身のエンジニアを集めたという。

高橋の言葉を借りれば、「石井さんが久しぶりに突拍子もないアイデアをぶっ込んできた」のは、2014年の暮れだった。数年間メインの事業として行ってきたdangoのゲーム開発を離れ、クーガーとして次に何をしようかと石井が考えていたときのことだった。

「ぼくの問題点は、構想はめちゃくちゃでかいんですけど、身近で地味なゴールに興味が向かわないことなんです」と石井は言う。人類火星移住計画、どんな態勢からでも復旧する月面ローバー、テレポーテーション体験を可能にするVRシステム……当時考えていたビッグアイデアは、どれも(少なくとも当時は)現実的ではなかった。

そんなときに彼が思い出したのが、映画『アイアンマン』でトニー・スタークがつくるAI「ジャーヴィス」だった。

「結局のところ、日常の光景はすべて動画なんです」と石井は言う。「つまりジャーヴィスみたいなものをつくろうと思ったら、あらゆるシーンの連続性を機械が理解できることが必要になる。もともとセーバーでもリヴィングイメージでも、動画配信・生成のサーヴィスを手がけていたこともあり、これからは動画の内容を理解することが必要になるんじゃないかと直感的に思ったんです」

調べていくと、動画を理解するシステムをつくるためにはディープラーニングの技術が必要であることがわかったが、石井にもクーガーのメンバーにも、当時はAIの知識はまったくなかった。石井は数学の本を大量に購入してエンジニアたちに渡し、電通大の准教授に頼んで大学院の講義に社員を潜らせてもらうことにした。彼は国内のAI研究者に片っ端から連絡をして、計20人以上に会って話を訊いたという。

「あれ、ぼくらが先日ディープラーニングの説明をしたのって4カ月前でしたよね……そこからつくったんですか?」

中部大学の「機械知覚とロボティクス」をテーマにした研究グループ「MPRG」(Machine Perception and Robotics Group)を率いる藤吉弘亘と山下隆義は、クーガーのつくった動画認識システムのデモを見て驚いた。2015年10月のことで、石井はその年の6月にクーガーのメンバーを連れて中部大を訪ねたところだった。

サンプルとして使われた動画はマリオが登場するメルセデスのCMで、彼らのつくったシステムは「game」「landscape」「human」(マリオ)「animal」(クリボー)など、シーンによって何が表現されているかをほぼ正確に認識することができる。

「まぁ正直よく出来ているな、というのが最初の印象でしたね」。カーネギーメロン大学ロボット工学研究所の客員研究員を経て、現在中部大学でコンピューターヴィジョンを專門に研究を行う藤吉はそう振り返る。「ただ性能のいい動画認識システムをつくるだけでなく、インターフェイスのところまでしっかりつくり込んでいたことを覚えています。われわれ研究者が疎かにしがちな点ですが、彼らはディープラーニングの技術をうまく使ったうえで、さらにそれをどんなサーヴィスに展開するかというところまでイメージしてデモをつくっていました。エンジニア以上の素質があるんだろう──石井さんに対してはそう感じました」

クーガーはその後、藤吉・山下とともにAI・ロボティクス技術の共同開発を始めることになる。彼らの技術はこれまでに、中部大学が属するAmazon Robotics Challenge世界トップクラスのチーム、NEDOプロジェクトで開発しているクラウドロボティクス、ホンダに提供しているAIラーニングシミュレーター「Street」などに導入されている。

アカデミックな立場から数々の企業を見てきた2人にとって、クーガーはどんな会社に映っているのだろうか? 「新しい技術を目利きする力がありますよね」と山下は言う。「彼らはブロックチェーンがわかって、さらにクラウド、サーヴァー、AIやロボティクスといったそれぞれの技術にも特化しています」と藤吉も続ける。「それらを全般的にできる会社は多くありません。そうした強みをさらに伸ばしていけると、クーガーから唯一無二のサーヴィスが生まれてくるんじゃないかと期待しています」

2016年12月、高橋は「また来た」と思った。石井が再び新しい、そしてとてつもなく大きいアイデアをもってきたのだ。

「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だ」。きっかけは、ピーター・ティールが著書『ゼロ・トゥ・ワン』で書いた言葉だった。これだけ技術が進化しても、人々が日々行っているのは写真をシェアして「いいね!」を押すことに留まっている──ティールの指摘を読んで「目が覚めた」と石井は言う。

「もともと自分もビッグピクチャーを考えるタイプだったな、ということを思い出してきて。昔はスペースXに行こうとしていたくらいなのに、ここ数年は『どんなアプリやゲームをつくればいいか』といった目先の話ばかりしていたことに気づかされることになった。だからもう一度、より本質的なものにチャレンジすべきじゃないかと思ったんです」

石井はすぐに「Couger_Vision」というタイトルの4ページのPDFをつくって高橋に見せた。2027年に「次世代モビリティ(codename: Blade)の開発及び提供」を行う、とそこには書かれている。ブレードとは「人が乗って移動可能」な「自動運転車+自律飛行ドローンの両方の特性を兼ね備えたもの」だ(名前はもちろん『ブレードランナー』から来ている)。

さらに彼は、そのPDFのなかで「次世代モビリティに必要な技術要素」を6つ書き出している。

1. AIによる自動運転、自律飛行
2. AIの学習を行う為のラーニングシミュレーター
3. ユーザー(乗車客)が使うAR/VRダッシュボード
4. 運転・飛行状況の分析や通信を行うビッグデータ処理
5. 外部通信及びAI成⻑履歴に信頼性を与えるブロックチェーン
6. 高速処理とデータ共有を同時に実現する「クラウド フォグ デバイス」によるFog Computing

「乗り物が自律化していくということは」と石井は言う。「それを制御するためのゲートウェイが必要になるはずです。そこで出てきたのが『コネクトーム』というコンセプトでした」

動画認識システムをつくるときにチーム総出でAIを勉強したように、クーガーのエンジニアたちは今度はブロックチェーンを学び始めた。それと同時に石井は2017年5月より、民間企業・個人・大学が連携していくことを目的とするブロックチェーンコミュニティ「Blockchain EXE」をスタート。毎月テーマ別のミートアップを開催し、いまでは起業家・エンジニア・研究者がつながる国内最大規模のブロックチェーンコミュニティとなっている。

「会社が始まってからそんなことばっかりです(笑)。紆余曲折で数年やってますけど、ことあるごとに石井さんがでかいアイデアをぶっ込んできて、それでまた新しいことを調べてと」。コネクトーム構想を聞いたときのことを高橋に尋ねると、彼はどこか嬉しそうに愚痴をこぼした。「でも、できるのがわかっていることを繰り返すのっておもしろくないですよね。いつも新しいことをやらなくちゃいけないので、それは、楽しいっちゃ楽しいですね」

左:2018年1月、ニューヨークで初の海外版「Blockchain EXE」を米ブロックチェーン最大手のConsenSysと共同開催。右:3月にはサンフランシスコでも開催している。 PHOTOGRAPHS COURTESY OF BLOCKCHAIN EXE

自律ドローンや自律走行車、スマートホーム、あらゆるIoTデヴァイスがスマホや音声による指示に従ってシームレスに連動し、「買いたい」「移動したい」といった目的を達成するために最もふさわしい手段を提供する──そんな未来を石井は想像する。

現在、こうした自律連動化を実現するために最も近い場所にいるのはアマゾンかもしれない。スマートスピーカーに対応するAIアシスタント「アレクサ」をつくり、ホールフーズを買収し、ドローンによる配達を進めるアマゾンが、AI・IoT・ロボティクスによって食料品をはじめとしたあらゆるものを購入・配達できるようなプラットフォームをつくることは想像に難くない。

だがそれは、アマゾンによる独占を意味することになる。立教大学ビジネススクール教授の田中道昭は、著書『アマゾンが描く2022年の世界』のなかで、アマゾンのつくる経済圏を「要塞」に例えている。「いったんアマゾンの要塞に足を踏み入れたら最後」と彼は書いている。「消費者も、事業者も、競合事業までもが囲い込まれ、このアマゾンの要塞のなかであらゆる経済活動が完結する。より正しくは、それを余儀なくされる可能性があるのです」

2017年夏、サンフランシスコで行われたAI関連のイヴェントにてベン・ゲーツェルと話す石井。PHOTOGRAPH COURTESY OF COUGER INC.

クーガーが描くコネクトーム構想は、このアマゾン独占に対する対抗手段になるだろう、と石井は言う。彼らのつくるゲートウェイを使ってあらゆるサードパーティによるサーヴィスが連動することで、アマゾンの仕組み自体を分散化してつくることが可能になるからだ。AI研究者の世界的権威であり、アンドロイド「ソフィア」の開発者としても知られるベン・ゲーツェルが手がける「Singularity Net」が、誰もが参加できるAI開発プラットフォームをつくることでグーグルやフェイスブックがAI開発を独占してしまう状況に対するオルタナティヴをつくろうとしているように、コネクトームは「AI×IoT×ブロックチェーン」の開発において開かれた機会を提供するものになるのである。

また海外のAI・ブロックチェーン関連のカンファレンスにもよく参加する石井は、世界の状況を見るなかで、「AI×IoT×ブロックチェーン」の融合が進み、ブロックチェーンを使ったサーヴィスが現実世界とインタラクションするこれからの時代に、日本企業に大きな可能性があると考えている。ハードウェア開発のクオリティにおいて、日本は依然として世界のなかでもトップレヴェルだからだ。

「これからはブロックチェーン技術もリアルワールドに入ってくるので、ソフトウェアだけで簡潔するということは少なくなってきます」と石井は言う。「そのときに、日本の製造業の質の高さにはやはりポテンシャルがある。クーガーも東京をベースにしているので、日本のハードウェア企業との連携のしやすさは武器になるはずです」

KDDIの茂谷は、現在のブロックチェーン業界の状況は「バブル」だと言う。「いま、ブロックチェーンという技術にみんなが注目して、お金も入り、ダイナミックに状況が動いているようなときに、この新しい文脈のなかで既存の技術が再評価されるような環境がつくれると思っています。ブロックチェーンという文脈にAIやIoTをうまく組み込むことで、多くの注目を集めたり、世界に訴求できる可能性がある。日本企業にとってはものすごくチャンスだと思います」

もうひとつ、石井とともにブロックチェーンコミュニティ「Blockchain EXE」を主催する茂谷は、石井個人に対しても期待していることがあると語る。「ブロックチェーンはそもそも説明するのが難しい技術です。さらに実装するためにはアライアンスがベースになるので、いかにパートナーを説得できるか、一緒に開発をしていくためのコミュニティをつくれるかが重要になってきます。そういう意味で、ヴィジョンを伝えるのが得意な石井さんは、すごくいまの時代にマッチしているんだろうと思っています」

ファミコンミニやニンテンドースイッチといったゲーム機に『ファミ通』などのゲーム雑誌、漫画が並ぶクーガーのオフィスで、エンジニアたちは日々コネクトームの実現に向けて着々とコードを書いている(「オフィスに遊びに来てください」とはよく言われるが、クーガーのオフィスを訪ねると本当にゲームで遊ぶことになる)。

この小さなオフィスで石井が考える大きな構想は、なにも次世代モビリティをつくることが最終目標ではない。「地球規模で考えたときに、解決しなければいけない問題はまだまだあります」と石井は言う。「そのためにまずはオートメーションを進め、社会を回すために必要な業務はすべて機械に任せる。そして人類は、本当に解決しなければいけない問題に集中したほうがいいんじゃないかと思うんです」

また彼は、オートメーション技術をすべての人に自由と機会を与えるためのものだと捉えている。モビリティを含むあらゆるサーヴィスの自律連動が進むことで、情報や道具に加えて、今後は移動にかかるコストさえもが安くなる可能性があるからだ。オートメーションで目指す世界像を訊いたとき、彼が「アンフェアをなくしたい」と繰り返していたのが印象的だった。

「医療技術が発達したことで昔だったら死んでいたような病気を治療できるようになり、通信技術が発達したことで育児をしながらでも仕事ができるようになりました。そうしたテクノロジーの発展が積み重なって、いまに至っています。つまりテクノロジーによって人々の自由度が上がれば上がるほど、生まれた国や家庭の豊かさに関係なく機会が与えられることになる。そして、すべての人が本質に向かえるようになる」と石井は言う。「人類はこれから、そうした本質的な問題により集中できるようになるでしょう。食糧問題、気候変動、がんの撲滅──そして、火星に行くことに」