「安定」と「チャレンジ」の間で揺れ動くなら、ビジョンを共有できる”仲間”を創ろう

日々明日のことや明後日のことを考えつつ、今日を生きていると、遠い将来のことへの不安を抱く傍ら、明日明後日のことにも不安が波及して怖くなる時があります。

僕はもともと「安定志向」の人間です。やっていることは正反対ですが、元々はそうです。だから、自分に言い訳するとその分代償がすぐにやってきます。

自分が今していることと、その先に「ある」もの。この2つの間で揺れ動く”自分”に自信が持てなくなり、それは行動として現れる。たとえるならば、「ああ、失敗しそうだなぁ」と思いながら毛筆で最後の”名前”を小筆で書くと、ほとんどの場合失敗してしまう…そんな感じです。

人と違うことをすることに楽しさを感じる反面、どうしても人と同じがいいと思ってしまうことがあった僕は、なんとなく挙動不審になる。そういった人生を歩んできました。

今回は、こんな「2つの自分」が如実に表れる感覚を抱く方向けに、ちょっとした解決策を提示したいと思います。ややこしくてごめんなさい。

あっついお湯は、入ると慣れる

繰り返しますが、僕は「安定志向」の人間です。なのに、「それ、食っていける見込みは?」と人を不安にさせてしまうような生き方を選ぶことにしました。もちろん、自信はあります。その自信を持つに足る仲間もいますし、これからもそういった仲間は増えると踏んでいます。

しかし、そこで重要なのは、この「安定志向」の僕が、どうやってそんな「あっついお湯」に浸かろうとしたのか、その行動原理です。

「本当はぬるま湯に浸って生きていきたい」と考えているわけではありません。それは楽しくないだろうということは直感で分かります。なぜなら、まったく非生産的なことしかしていないときの自分が「いちばんキライ」だからです。

けれども、どっちつかずである僕は、あついお湯に自ら飛び込んでいく人たちを見て、うらやましいとも思えなかった。以前はそうでした。なぜか。「勝てる見込み」がなかったからです。

どうせやるなら成功したい。(でも飛び込む勇気はない)

そういう甘い考えを、僕は持っていました。

でも、いざ飛び込んでみると、「慣れる」ことが分かります。なぜ、慣れることができたのか。「優先順位をつけることができたから」です。ここで言う「優先順位」とは、地位・名誉・経済的余裕・夢…そのいずれか一つを最初に選び、2番目に選び、3番目…と順番を守らせるということです。そして、そうできたのは、「精神的余裕」ができたからなのです。

なぜ、「精神的余裕」を持つことができたか?

結論から言うと、それは「ビジョンを共有できる仲間」ができたからです。月並みな表現ですが、本当にそうです。

「こいつがいなくても俺は明日から行動できる。しかし、これ以上のビジョンは作れないだろう。」

ビジョンから何かを始める。それは理想。机上の空論ということは簡単です。しかしそれは「言うは易く行うは難し」

ビジョンというものは、僕のような抽象論が好きで、それを実現したいと漠然と考えている人であれば誰でも持ちます。また、何かを達成したいと考えて行動に移すことができる人もそうです。僕は前者ですが、後者は「仲間」に当たります。

ビジョンから何かを始めて、成功することができるよ!」…それは成功した「結果論」でなければ、その初めから終わりまでの成り行きを話し、「ロールモデル」として表現することはできないものです。セオリーを語ることも、やはりできない。

けれど、「これを達成したい」という思いを持つ人が集まれば、「あついお湯」に入るだけの「動機付け」はできるということなのです。

もし、あなたが「安定志向」だけど、「ビジョンがある」「達成したいことがある」のであれば、まずはビジョンを発信し、それを共有できる仲間を探すことが大切だと僕は思います。ここまで言ってしまったら、僕は「うまくやる義務」が生じます。それは重い責任ですが、その責任を抱えてでも、伝えたいなと思います。

「ビジョンを共有し、抽象と具体を行き来できる仲間を作ること」

そうすることで、自分の安定志向に打ち勝ち、優先順位をつけるための動機付けができます。ビジョンを第一に。そして、それ以外を3~4にする。

これは、3~4を達成できなくするということではありません。ただ、一番リソースをつぎ込むべきところは? を考えるということ。

「あついお湯」という比喩が消え去った気がしますが、水風呂に入ることも忘れないようにしつつ、今を生きていこうと思います。