知識を身につける目的は 3 つ

勉強しろと, 小さい頃から口酸っぱく言われた人は多いと思う.
自分が好きな分野のことを学ぶのは楽しいものだが, そうでないモノは苦痛でしかない. 大学の授業もツマラナイものはツマラナイ. 将来役に立ちそうなものは, 興味があまりなくても, 少しは勉強しようという気にはなるが.
知識を身につけることは, それを活用することは同じ意味ではない. 勉強はそれそのものが目的とはならない. だからもどかしい.
一方で, 知識を身につけることと, それを活用することは, ある種の chicken-egg 的な側面を備えている. 統計学がいい例だ. 統計学を知らなければデータ解析を行うことはできないが, データ解析をやらなければ統計学は身につかない.
世の中にはこんな構造をした, “勉強しなければならないこと” がたくさんある.
chicken-egg を打開する方法があるならば, それは優れた教育方法になるだろう. だけど, 現実に美味しい話は転がっていない. 僕たちができる精一杯のことは, 学ぶことの目的をハッキリさせて, 大人しく学ぶことだ.
我慢するだけ, 面白い景色が見れるようになるなら, それはそれで良いのだ.
そう割り切ることが, 最も大切な心構えである.
ここに, 上手に折り合いをつけるための, 3 種類の目的を用意してみた. 本音は, 過去の自分に届けたいなぁと思っているのだが.
1. やりたいことを見つけるため
こういうことをやりたい, と漠然と考えていて, そのヒントを探している時に知識を入れると, 具体的な方向性が知らず知らずのうちに見えてくることがある. 後から振り返ってみると, あれが原点だった… そんな学びはこのタイプだ.
つまり, 新しい世界を垣間見せてくれる, 扉のようなモノ.

具体的には新しい分野の本を開くとか. 僕だったら, 何となく買った “脳の中の幽霊” という幻肢を取り扱った本が, 認知神経科学への興味に繋がったんじゃないかな. “ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環” という化物みたいな本は, 強い, ぼんやりとした思考を作ってくれた.
2. 武器を増やすため
いわゆる “勉強” という言葉は, このニュアンスで語られることが多いと思う. これは自分の武器になるだろう, そう見越して今は知らないことを学ぶのはこのタイプ.
すなわち, 自分への投資である.

エンジニアという職業の人たちは, 無意識的にこれをやっている気がする. 父親を見ていると, 買ってきたプログラミングの本を, 休日に眺めている姿をよく見る. 知的好奇心が強いだけなのかもしれないけど.
3. やりたいことを実現するため
俗に言う, “先行研究” を漁る作業だ. 誰かがやったものを参考にして, 自分がやりたいことを実現させるヒントを手に入れる. 最もモチベーションが高い, 勉強目的である.
ニュートンいわく, 巨人の肩の上に立つ.

新しい知見を創るときは, 必ずこの勉強が途中経過に存在するはず. 少なくとも, 研究とはそういうものでしょうから.
どうやら, 人生は一生勉強し続けていくものらしい. 学ぶことは嫌いじゃない. だけど, 勉強し始めたことに対して, ときどき無性に悲しくなる時もある. これは本当に役に立つのだろうか? そんな疑問が生まれてきた時に, 上の 3 つの目的を考え直してみれば, ちょっとは救われるんじゃなかろうか.

