ネットを使うために街に出よう

「あなたにオススメ」では決して出会えないモノに遇う

Sho Okawa
exploring the power of place
5 min readJun 1, 2016

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3ヶ月ほど前に、Google Play Musicというサービスに登録した。Apple MusicやSpotify同様、音楽のストリーミング再生や一時的なダウンロードができるサービスで、検索エンジン最大手であるGoogleが提供している。月額980円で3500万曲という途方も無い数の曲から自由に、無制限に音楽を楽しむことができる。私は音楽を聴くのが大好きで、このサービスの利用以前はTSUTAYAなどのCDレンタルショップのヘビーユーザーだった。それもかなり重度な。月に二、三度店に通って好みの音楽を物色しては自分のウォークマンに入れ、まだ出遇ったことのない遠い国の音楽に耳を傾けることを楽しんでいた。今ではその曲数は5万曲を超えるところまで来ている。TSUTAYAサマサマだ。

私は90年代の生まれで、音楽に興味を持ちだしたころにはすでにCDは買うものではなく「借りるもの」に移り変わっていたころだった。CDを買うときといえば、TSUTAYAにはまだないマイナーな、ネットにもあまり情報がないようなバンドのCDを、半分冒険的な気分で購入するくらいだった。ライブハウスに行ってその場でお気に入りのバンドのCDを買うこともあった。そのため、私のCDラックには傍から見るとよくわからない無名のバンドが並んでいた。ビートルズやストーンズを発売順に全作並べる大人のCDラックを内心羨ましがりつつも、その偶然の出遇いによって構成される無秩序なCDラックを、案外気に入っていたりもした。また一方で、私のウォークマンにはTSUTAYAで出会った人類の遺産とも言うべき古典的名盤がぎっしり詰った「32GBのCDラック」が出来上がっており、これも大変私は気に入っていた。そういった感じで私は自分の音楽に対する収集癖を満たしていたため、あまりCDを所有する、ということにそこまで執着しないスタンスが出来上がっていた。おそらく、同世代のCDを購入しない若者たちも、こういった形で音楽を楽しんでいるのだと思う。

Google Play Musicを利用しはじめたのはそういった私のスタンスに上手くマッチするだろうと考えてのことだった。最初の頃は機嫌よくいろんな音楽を検索しては、まだ聴けていなかったミュージシャンの楽曲を大量にダウンロードし、音楽ライフを充実させていた。月額980円ならTSUTAYAでは四枚ほどしか借りられないのだからとっても割安だ、と喜んでサービスを利用していた。しかし二ヶ月を過ぎた時点で、私はほとんどこのサービスで音楽を聴くことをやめていた。聴きたい曲がさほど見当たらなくなっていたのだ。古今東西3500万曲も入ったサービスだ。まだまだ聴きたい曲は文字通り「山ほど」あるはずなのに。

おそらくこの疑問へのひとつの答えを現代思想家の東浩紀は『弱いつながり』という著書で、以下のように記している。

ネットには情報が溢れていることになっているけど、ぜんぜんそんなことはないんです。むしろ重要な情報は見えない。なぜなら、ネットでは自分が見たいと思っているものしか見ることができないからです。

Google Play MusicもGoogleが提供するサービスであるため検索窓が設けられており、そこに目当ての曲名などを打ち込まなければ楽曲に辿りつけない。しかし、これでは自らの中に「検索ワード」を予め持っておくことが前提になる。そうでなければ、今までの検索履歴からGoogleがユーザーの好みから割り出した、自分の好みに近い曲を聴くことしかできないのだが、これが、私がこのサービスに感じていたある種の退屈と倦怠感なのかもしれない。簡単に言えば、「ビビッとくる」劇的な出遇いが圧倒的に少ないのだ。TSUTAYAやCDショップに行けば、そこには物理的に大量のCDが並んでいる。店員が売り出すために熱心な説明文を書き、ミュージシャンとの新たな出会いを仲介してくれる。Google Play Musicでは強い好奇心を持たない限り自分の好みの延長上でしか趣味の幅が広がっていかないが、そういった場に行けば、否応にでも目に入ってくるCDたちに心を奪われる、劇的な瞬間がある。ロックバンドしか聴かなかった私が60年代ソウルミュージックに心を奪われたように、テクノの素晴らしさと出遇ったように。

disk union 町田店に来た。中古のレコードやCDを中心に置いてあり、眺めるだけでも楽しい。

それでもまだ私はこのサービスの利用を停止しようとは思っていない。やはり、いつでも3500万曲の中から自由に楽曲を引き出せるというのはなんだかんだ魅力的なのだ。その代わりと言ってはなんだが、以前よりももっと、CDのある場所に、音楽の鳴っている場所に出向いていかなければならない。ネット上ではないリアルな場所は、さまざまな「出会い」を誘発する。私たちはネットとリアルを上手に行き来し、新たな「検索ワード」を自らの内に溜めていく必要がありそうだ。

“Inner City Blues”というアルバムを見つけた。Stevie Wonderらが参加する、Marvin Gayeへのトリビュート盤だ。

参考文献

・東浩紀 (2014) 『弱いつながり』, 幻冬舎

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Sho Okawa
exploring the power of place

大学院生2年目。新宿ゴールデン街で働いています。