あの頃の街へ

先日、両親と京都へドライブに行った。

今度の週末どこかに出かけようかという話になった時に、私が「北山にあるグラノーラ屋に行きたい」と言ったことがきっかけである。

私の実家は現在奈良にあるのだが、中学に入る前は京都に住んでいた。『北山』は京都市北部に位置し、私が通っていた小学校がある地域で、以前住んでいた家からも割と近いところだった。
せっかくそこまで行くならば、私の運転練習も兼ねてその周辺をドライブしながら回ろうという話になった。

思い出の地を約10年ぶりに巡る短い旅の始まりである。

朝は休日らしくのんびりと過ごし、11時ごろに家を出発した。まずは、本来の目的であるグラノーラ屋のため北山へ向かった。そこで無事ほしかったものを購入し、ものの数分程度で用事は終了してしまった。

このあとお昼はどうしようかと話した時、母が「あの洋食屋さんに行きたい」と言った。『あの洋食屋さん』とは、以前住んでいた時に家族でよく食事しに行っていた家の近所にある洋食屋のことだ。次の目的地が決まり、早速向かうことにした。そこまでの道のりは、変わった場所は多くあれど見慣れた景色が続いていた。学校の写生会で年に一度訪れた植物園、保護者会の帰りに母や友人とよく行っていたファミリーレストラン、通学で使っていたバス停、そして6年間通った小学校など。肝心の小学校は8年ほど前に校舎を改築していたので、私が通っていた頃とはかなり異なっていたが、周りの環境と漂う雰囲気は同じなので懐かしく感じられた。

こうして北山のあたりを抜け、私たちが以前住んでいた街であり洋食屋のある国際会館駅の方へ向かった。車を走らせながら他愛もない思い出話に花を咲かせていると、あっという間にお店に到着した。

引っ越し以来一度も来ていないので、実に10年ぶりの来店であった。ここは20席ほどのこじんまりとしたお店で、純喫茶のような少しレトロな雰囲気の漂っているレストランだ。私の中でこの洋食屋と言えば、何度も食べたハンバーグとホールを仕切っている女将さんが思い浮かぶ。ハンバーグに関してはここの味で育ったと言っても過言ではないくらいお気に入りだった。そしてこのお店にはいつもショートカットでメガネををかけた、非常にクールで仕事をテキパキこなす女将さんがいた。「ごちそうさまでした!」としか言葉を交わした記憶がないが、彼女の姿はすごく印象的で私の中ではこのお店の名物であった。

到着し、変わらない店構えに安心しつつも、あの女将さんはまだいるのだろうかと少し緊張も混ざった気持ちで店内に足を踏み入れた。インテリアや机、椅子のレイアウトも何一つ変わっておらず、私が知っているあの頃のままであった。そして奥から「いらっしゃいませ」の声とともにあの女将さんが姿を現した。少しほっそりとした印象もあったが、10年前と同じ髪型とメガネ、白のカッターシャツに黒いエプロンという変わらないスタイルであった。その姿を見ることができ嬉々としながら席へ着き、いつも食べていたハンバーグとエビフライのセットを注文した。変わらない盛り付けで運ばれてきた料理を「ああこの味だ」と舌の記憶と確認し合いながら、昔は多いと思っていた量をあっという間に平らげてしまった。

お会計の際、彼女と何か話そうかと迷ったが、ここは昔と変わらず「ごちそうさまでした!」と元気よく去ることにした。きっとそれがちょうど良いと思ったのだ。

変わらない店内

懐かしの味でお腹を満たした後は、住んでいたマンション、私が通っていた幼稚園やよく遊んだ公園へ行ってみることになった。どこも通り過ぎるだけで車内から確認するだけであったが、記憶をなぞりそれぞれの場所での思い出を想起させながら、確かにここが私の住む街だったと実感していた。

この街から引っ越した時の私は12歳で、今や23歳である。10年という時間もこの街も遠いものだと思っていたが、いざ来てみるとそうでもないことがわかった。ただ、私は来年から社会人になり、なかなか帰省する機会も限られてくるだろう。

帰り道、少し寂しくなり「これが最後かもしれないね」とつぶやいた。が、「またすぐ来るよ(笑)」と両親に一蹴されたのだった。

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