あれから６ヶ月
―「たくさん」じゃなくても「ゆたかな」生活への入り口―
４月７日の緊急事態宣言からすでに約半年が過ぎた。相変わらず私の外出のルーティーンは最低限で、週単位だと、比較的空いている時間を狙って食料品のスーパーに出かけることと、知らない人との接触がないパーソナルトレーニング。月単位では、予約人数を半分に減らしたヘアサロンにヘアカラーやカットに出かけることだ。８月に入って用心深い私でも街の様子が見たくなって、ファンデーションの色をカウンターで試したり、オンラインショッピングのセールでこの夏唯一買ったライトピンク色のパンツの裾上げに、空いている平日の昼間に商業施設に出かけた。ウロウロしている途中でお腹が空いて、レストランに入った。マスクを外して食事する他のテーブルが気になって、食べ終わると同時にお店を出たが、アクリル版でテーブルを仕切ったそのお店はほぼ満席だった。友人のキュレーションする写真展にも出かけたが、そこも人でいっぱいだった。そろそろ世の中が自粛から通常運転のスピードに戻る気配だ。
この６ヶ月の強いられた生活の変化の中で何に慣れたのかを考えてみると、まずは非接触を実現するデジタルツールの使い方だ。距離を超えて顔を見ながらいつでも話ができるのはありがたい進化だが、この便利なツールたちはすっかり生活に入り込んで頑丈な根をはりめぐらせた。ツールをデザインしたのは人間だが、そのツールは人間の「移動」の行動を変えてしまったのだ。日本国内の７月の航空運賃は86.9％減、パック旅行は89.1％減^1。 「移動」する人間だった私のたまったマイルも使われる予定もなく放置されている。
次に慣れたのは、買わないこと。実物を確認しないで買う決心がつかない洋服や雑貨等を外出しないから結果的に買っていないという構造なのだが、買う代わりに使えるものがないか家の中をゴソゴソ探してみたりしている。そうしているうちに、新しく買わなくても今あるもので十分なことに気がつき満足しつつある。そんなに頻繁に遠くに移動したり、旅行しなくても良いよねと同様に。国内の７月の洋服の売上高前年同月比は25.3％減だ^2。
コロナが落ち着いたら今慣れたと感じていることがそのまま続くだろうかと思いながらも、常に成長や多くを消費することだけが 「ゆたかさ」や「しあわせ」をもたらすのではないことを実感し始めている。まるで自分自身にとっての 「ゆたか」について、この機会にきちんと考えて見なさいとコロナウィルスから問いを突きつけられているようだ。 “I shop therefore I am（我買う、故に我あり）” ^3。この原稿を書きながらふとバーバラ・ クルーガーの消費社会を痛烈に批判した作品のことを思い出した。この作品が発表されたのは1983年。すでにこの時に現在の消費社会に警告がなされていたにも関わらず、コロナで立ち止まるまでの37年の間、消費の方向は転換されなかったのだなあ。
今の生活はどうかともし聞かれたら、案外悪くないと答えると思う。もちろん、コロナ感染のリスクはあるし、外出を自粛する生活が良いと思っているわけではない。オンラインでのコミュニケーションも身体感覚がともなわないせいかどうも実感が薄く、夢の中の出来事のような感じで、記憶から抜け落ちてしまいそうだ。良いことばかりではないのだけれど、経済活動は常に成長を求められ、お金とものを手に入れたら「成功」し、「しあわせ」になれるという思想が蔓延した世の中には戻りなくないと思う。経済成長とお金とものに支配されないとしたら、その替りに何が「ゆたかさ」と「しあわせ」をもたらすのだろうか。消費ではなく創造、経済成長ではなく進化、終わりのない欲望ではなくて自律。「たくさん」じゃなくても「ゆたかな」生活の入り口を通り抜けてその先に進むことができるのか。コロナウィルスからもらった問いへの自分の答えを楽しみにしよう。
必要なのは一壜の葡萄酒と詩の本、
そ してほんの少しの肉。
そうして誰もいないところで二人で座っている私たちは、
スルタンの王国よりもゆたかだ。
ーウマル ・ハイヤーム
ロバート・スキデルスキー ＆ エドワード・スキデルスキー 「じゅうぶん豊かで、貧しい社会」より
1. 総務省統計局 “新型コロナウイルス感染症により消費行動に大きな影響が見られた主な品目など”
https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_rf1.pdf2. 総務省 “家計調査報告 -2020年(令和2年)7月分- https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_mr.pdf3. Artsy
https://www.artsy.net/artwork/barbara-kruger-untitled-i-shop-therefore-i-am
