いつもここから

僕はいったい何十年、おなじ景色を見つづけているのだろうか。


夢うつつのなかそんなことを思っていた。日が昇り視界が明るくなると、景色のすべてが真っ白なことに気がつく。さっきまでの暗闇が、不思議な静寂をたたえていたのはこのせいか。

こんな日は、誰よりも早くヤスノリが外に出ることを知っている。隣の家の玄関から、眠そうな顔をして。より事態が深刻なときは、タミもエリコも現れる。少し前まではヤスオがこの家の玄関から、同じ道具を持って現れた気がするが。それよりもっと前は…

「パパ、3月って雪、こんなに降るっけ?!」

おや。予想外の出来事に、思考が中断される。今朝はヤスノリのあとに着いて、近頃ずっと見かけなかったサヨが現れた。彼女がこの作業を手伝うのは初めてのことだ。あの頃はいつも、玄関前の階段が綺麗に掃かれたあとにバタバタと飛び出して来た。

「雪かきも楽しいけど、味噌、できるかなぁ」
「まぁ、午後までには止むだろ」

2人は階段を抜け、長い坂道に向かう。真っ白な道が、どんどん灰色に戻っていく。作業を終え階段を昇る頃には、あんなに元気だったサヨが無口になっていた。

彼女のブウたれ顔を見て、色々な記憶が蘇る。サヨがまだ赤いカバンを背負っていた頃、ヤスノリが隣の敷地に家を建てた。この家の玄関を使うことはどんどん減ったが、僕の目の前にある階段を昇って帰宅するので、サヨの顔は毎日見ていた。歌ってスキップしているときもあれば、今みたいに不機嫌そうなときもあった。僕の真下で地べたに座って、ゴロゴロと喉を鳴らす猫を撫でながら涙をこぼしている夜もあった。

いつしかクロを見なくなり、サヨが階段を昇ってくることもなくなった。ヤスオとタミが、まだ辺りが暗いうちから白い車に野菜を積んで出かけることがなくなったのも、同じ頃だった。それと引き換えに、日中にヤスオが1人で現れることが増えた。坂の下にある田畑の様子を見たり、何故か両手に鉄塊を持ちながら階段を昇り降りしたりする。

「どーれ、やるぞ」

昼になり陽が射してきた頃、サヨとヤスノリとヤスオとタミが玄関前に集まった。ピチャン、と屋根からしずくが落ちてくる。味噌の仕込みが始まるようだ。ドラム缶で茹でた大豆を少しずつ機械に入れ、ゆっくりすり潰していく。そこに麹と塩を加え、ひたすらに手で混ぜ合わせる。少量ずつバケツに移し、納屋に運ぶ。

「もっと、もっと混ぜて」
「手がにゅるにゅるする」
「あれま、力持ちだね〜」
「ダンベルで筋トレしてるからな」

ワイワイ言いながら作業を終えると、4人でこの家の玄関に入っていった。皆の笑顔を見ていたら、遠い夏の日の情景が蘇った。もっとたくさん人がいて、ここで肉を焼いたり酒を飲んだり、花火をしたりしていた。そんな日は虫が寄ってきて嫌だけど、気分は悪くなかった。急に思い出したのは、何故だろう。今は冬なのに。ぼんやり考えていると、辺りが暗くなってきた。


「ばぁちゃん、行ってらっしゃい!またね」

朝の静寂を切り裂いて、サヨの声が響いた。タミは車に乗り込み、手を振りながら出発する。その姿が見えなくなるまで、サヨはじっとしている。しばらくすると、ヤスオが小さな機械を持って玄関から出てきた。

「ほら、ここに立て」
「はいは~い」

唐突にレンズを向けられたサヨは、慣れた様子でポーズを取ってみせる。そして自分もポケットから何かを取り出し、エリコに渡す。ヤスオと並ぶと、パシャパシャと音がした。

「ママ、ありがと」
「はい、それじゃ、サヨを送ってきますね」
「じぃちゃん、またね。行ってきます」
「おぅ、気をつけてな」

「な」まで言い切らぬうちにヤスオは背を向け、家の中に入っていった。バタンと車のドアが閉まり、エンジン音が鳴り響く。しばらくして、時が止まったような静寂が訪れたその瞬間、空から白いものが降り始めた。


「あれ」

しんしんと雪が降り積もる中、ヤスオが玄関から現れ、階段を降りていく。ダンベルは持っていないけれど、その背中はいつもより力強く見える。

「また、雪かきしないとな」

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「場のチカラ プロジェクト」のウェブマガジンです。少しずつ、良質な媒体に育てましょう。まだまだ、これから。「場のチカラ プロジェクト」は、2003年4月にスタートしました。 http://camp.yaboten.net/

はしもとさやか

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