この下で。

Kiyoto Asonuma
exploring the power of place
4 min readJul 10, 2017

昨晩降り始めた雨は、まだ降り続けていた。

「さすがにまだ上がらないか」

トオルは空を見上げながら、誰に言うでもなくつぶやいた。飲食店向けのお肉の卸売会社に入って早4年。開店前に店の前にお肉を置いておく、そんな仕事にも、もう慣れた。けれど。余裕が出てきたからだろう、これでいいのかな、とふと思うことが増えた。店の人と顔も合わさず、ただお肉を置いて帰る寂しさを感じることもある。

雨の日の配達は未だに憂鬱だ。両手が塞がっている以上、雨に打たれることは避けられないし、配達する商品を袋で包んで置いておかなければならない。量が量だけに、それだけで仕事が随分増えるような気がする。

「次はダイスケさんのとこか。なら大丈夫だな」

最近できた、焼き鳥屋だ。いつも店内に収まりきらないほどの人で溢れている人気の店だと聞いている。店の前に着き、いつもと同じようにドライアイス入りの発泡スチロールを置こうとしたとき、いつもと違う光景を目にした。

『まだ雨はやんでないかな。いつもありがとう。ダイスケ』

缶コーヒーに貼り付けられた、伝票の裏に書かれた手紙は、雨に濡れることなくトオルを待っていた。

「おーい、ダイちゃん、おつかれさん」

大体そろそろだろうな、と思っていた。
店についたら、まずは配達されている食材と飲み物を中に入れ、店の前を掃き始める。店の前、お隣、お向かいさん。今時こんなの流行らないかもしれないが、ご近所の掃除もこの店をはじめてからずっと続けていることだ。

ユウジさんがやって来るのは、たいていその掃き掃除が終わり、一息つけそうな頃。「雨あがったのはいいけどさ、こうも日が照ると蒸し暑くてたまんねえな」まだ随分遠くにいるのに、大きな声で話しかけてくる。中学時代のぼくなら、絶対に友達になれないタイプだ。

「ほい、これ。差し入れ。いやー、日陰はやっぱりまだ涼しいなあ」店の前に来たユウジさんは、そう言ってペットボトルのお茶が数本入った袋を渡してくれた。麦茶、緑茶、ジャスミン茶・・。数種類のお茶が入っているところが、ユウジさんらしい。こんな豪快に見えるけれど、実はみんなが思っているよりずっと繊細なのだ。きれいに折りたたまれたハンカチで汗をぬぐっている姿からもよく分かる。

「いや実はさ、月末の盆踊りのことなんだけどさ、ちょっと困ったこがあってよ」

やれやれ、また断れない頼みだろう。

道路を照りつける太陽をあざ笑うかのように、風が気持ちよく吹き抜けていった。

最近できた人気だという店を指定されたから、てっきり予約を取っているものだと思っていたのに。人間、そういうところはいつまで経っても変わらないのかもしれない。

あまりに残念そうな顔をしていたのだろう、店のご主人が「お外なら、ご案内できますよ」と、急いで席を用意してくれた。「何名様ですか?」と聞かれ、「あとでもうひとり来ます」と答えた。ちょっとツンケンしちゃったかも。でも、せっかく出してもらった2つ目の椅子は、結局使われずじまいになりそうだ。

ケイコからは仕事の都合で急遽来れなくなった旨の連絡があった。悪気はないのは分かる。仕事が忙しいこともよくわかっている。でもなんだか、いつもよりお酒が進んだ。

アルコールのせいだろうか。はじめは少し恥ずかしかったここでの“ひとり呑み”も、なんだかとても贅沢なことをしているように思えてきた。中の喧騒からはほんの少し離れ、けれど、店のご主人の目配りのお陰で、全然寂しくない。海沿いのこのまちは、日が暮れると涼しい風が通り抜ける。エアコンの風にはめっぽう弱いユリにはありがたい環境だ。

「はー、飲みすぎちゃったな」
独り言のようにつぶやいたとき、丸々と太った一匹の猫が、目の前の空いている椅子に飛び乗った、ように見えた。正確には後ろ足がうまく乗らず、ちょっと焦って、なんとかしがみついたところだった。
ようやく四本足がきちんと乗ると、猫はめんどくさそうに、ゆっくりと丸くなった。

「相手はネコか。まあ、いっか」

庇に吊るされた風鈴が、鳴き声のように、鳴った。

--

--

Kiyoto Asonuma
exploring the power of place

京都生まれです。だからきよとです。元牛飼いで現大学生です。