ごきげんの流儀

はしもとさやか
exploring the power of place
5 min readMay 11, 2016

不機嫌は悪だ、とアランは言った。 幸福に関するこの本を読んでいたとき、ハッと心を掴まれることばに出会った。

「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。」

古今東西たくさんの人が影響を受けた作品だと思うが、私もまたそのひとりだ。3年ほど前にこれを読み、幸福とはなにか外側から与えられるものではなく、じぶんの内側で感じ取るものだと思い始めた。心もち次第で、人生はずいぶん変わるのかもしれない。それ以来、“ごきげん”でいることを意識しながら生きてきた。もちろんまだまだ未熟だが、それを少しずつ積み重ねていると、日常があざやかになる気がする。これは私自身の生活で実践して得た、小さな“術”だと信じている。つまり「ごきげんの流儀」とも呼べるようなものを、私なりに築き始めているのだ。

記録すること -じぶんに自覚的になる-

筆者のスケッチブック---たのしく日記をつける

流儀の基本はコレ。“ごきげん”のためには、じぶんを知ることが大切だ。私はどんなときに嬉しくて、何によって怒るのか?ある程度知っておけば、心がふさいだときに元気を取り戻すヒントになるかもしれない。あるいは、不機嫌になる事態が起こりそうなときにそれを防げるかもしれない。よくわかっているつもりでも、現実世界は複雑だし状況は日々刻々と変わるし、思った以上にじぶんの感情や気分は読めない。

そんなときに役立つのは、記録だ。喜怒哀楽・心を揺さぶられた出来事・モヤモヤして仕方がないこと、とにかくまずは、書いてみる。とりとめもなく浮かんでは消えるじぶんの感情や思考は、自覚的にバッとつかまえなければスーッと日常に溶けて消えてしまう。しかし何かしらの記録があれば、それが鍵となり“その瞬間のじぶん”に出会う扉がひらく。文字となった感情や思考は程よい距離で心に届き、自分自身と客観的に向き合える。

私は最近まで文字メインに日記をつけていたが、加藤先生にスケッチブックをもらったことをきっかけに「時間地理学ふう」に日記をつけるようになった。(時間地理学とは、生活活動を時間と空間の広がりのなかの軌跡としてとらえ、人々の生活に近づこうと試みる分野である。)まだ始めて1か月ほどだが、見返しやすく記憶をたどりやすいので気に入っている。文字だけだった記録が、時間の流れと空間の移動を含めたものになり、なんだか立体感のある記録となった。

時間の使いかたを以前よりも、意識する。それもまたじぶんを知るということだ。私が今、価値を感じているのはなんだろう。大ざっぱにでも移動していることを記録すると、思っている以上にたくさん動いていることに気づく。繰り返しで地味に思える1日も、本当はたくさんのひとやモノに出会っているはずだ。

もしかしたら私の移動の軌跡は、だれかと重なったり交わったりすれ違ったりして、糸と糸のように複雑で美しい模様を織っているのかもしれない。そう思うと人生はますます尊い。他者の存在を意識し感謝することもまた、“ごきげん”には必要不可欠である。

ヒントは目の前にある

最近、印象深い出来事があった。じぶんの無力さに打ちひしがれ、数日間何もやる気が出ずに落ち込んでいた。つまり全然“ごきげん”ではなかった。しかし頭の隅には、じぶんがどんな風に立ち直るのかしっかり観察しようと思える冷静な部分もあった。こう思えたのは、先述のように記録を通して「じぶんに自覚的になる」ことを意識しつづけているからかもしれない。そんなことを思いながら、無気力さを感じたまま学校へと向かった。しかし、“ごきげん”にもどるきっかけは、意外にもあっさりと訪れた。

英語の授業を受けていた。単位を取得しなければ卒業に関わる…というモチベーションで履修した授業で、私にとって特に興味のあるテーマを扱っているわけでもない。その日も課題を与えられ、気乗りしないまましぶしぶ取り組み始めた。しかし、英文にジッと向き合い頭を働かせ、クラスメイトと話し合いをしているなかで、 気持ちに変化があった。目の前の課題に集中していると、くよくよしていたことを一瞬忘れた。心の厚い雲がさっと裂けるような感じだった。そして正解にたどり着くころには、けっこう心が晴れている私がいた。悩みとは直接関係なくても、目の前のことに真摯に向き合えば、こんなに前向きな気持ちになれるのかとハッとした。本当に些細な出来事だが、これは“ごきげん”への大きなヒントに思えた。「どんなときも、目の前のことに真摯に向き合う。」新しい「ごきげんの流儀」を、意識し始めた瞬間だった。

きっと、人生をたのしく豊かに生きるための「ごきげんの流儀」は日常のあちこちに転がっている。それをたくさんみつけて、身につけられるようになりたい。まだまだ、修行の日々はつづく。

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参考文献(斜線部引用) --- アラン (1998)『幸福論』(神谷幹夫訳) 岩波書店

荒井良雄・岡本耕平・神谷浩夫・川口太郎 (1996) 『都市の空間と時間−生活活動の時間地理学』古今書院

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