そろそろな、余裕
先日の投稿では、昨年の海外旅行について記した。初めての海外旅行への高まる期待に反して、その期待に沿った手応えは得られなかった。
そして、今夏もひとり旅にトライしている。行きの機内や移動中の電車、バスの中でこれを記している。今回は前回の続編ということになるので、前回のコラムを読んでから、この文章を読んでいただくとわかりやすいはずだ。
まず、前回の旅についての言い訳を考えてみた。(我ながら、言い訳を考えている時点で、色々と負けている気はするが、、)出てきた答えは、「初めてだったから、、しょうがない。」である。ヨーロッパに行くのも、アフリカに行くのも初めて。ましてや、一人旅も初めてだったため、プレッシャーも感じていた。そのため、準備もしっかりとした。綿密な計画を立て、基本的にはそれに忠実に、リスクは避けて行動した。もしかしたら、これが原因で前回の自分には刺激が足りなかったのではないかと考えた。
そこで今回もヨーロッパを旅する。今回は、「初めてだからしょうがない」の言い訳は使えない。もう「そろそろ」慣れてきてもいいはずだ。慣れると言っても、旅自体は普段とは異なる環境であるので、これに慣れることはできないだろう。ただし、余裕などの面において、慣れが生まれてくるはずだ。前回の反省を踏まえて、予定もきっちりと組んではいない。旅先での出来事に対して柔軟に、且つ楽しんで対応していくための今回の施策だ。
ところで、旅先で必ずすること、旅先でのルーティーンのようなこと、みなさんにはあるだろうか。あまり大したことではないが、僕にも意識していることはある。それは、できるだけ普段の生活(東京での生活)に近い形で生活するということだ。パン屋で朝ごはんを買って、美術館やギャラリーにふらっといく。夜もレストランなどにはできるだけ行かないようにし、テイクアウトかスーパーで買ってきて済ませる。(ベルリンでは、日本人がラーメンをすするが如く、ケバブを食べていた。)お金がないことも理由の1つだが、東京での生活と同じような状況を作ることで、その町をより感じやすくしようとしている。

こんなことを考え、旅を始めて、三日が経った。今はベルリンからプラハに向かう電車の中だ。予定通り、きっちりと計画は立てていない。「慣れ」のようなものは、かなり生まれてきたと感じている。だが、今のところ刺激のようなものを感じる場面はあまりない。先述していた仮説が誤っていたのか、コンセプトが誤っていたのか、まだ効果が出ていないだけか、、、
まだ旅の途中だが、ふと思った。無意識に「旅には刺激があるものだ。ないとしたら、それは良くない。」という固定観念を抱いていることに気がついた。本文でも、前回の投稿でも、刺激の有無を語っている。「刺激を求めるなら旅をしろ」という周りの人の意見から、旅に出ることを決めた。初めのきっかけである先人の意見こそが、自分の旅する意味だと考えてしまっているのだ。一言でいうならば、「刺激」という言葉に自分は固執している。
まだまだ今夏の旅は始まったばかり。先人の意見通りに、「旅の醍醐味=刺激」という方程式を引き継ぐのか。それとも、そろそろ旅慣れてきた今、自分なりの旅の意義が見出せるのか。自分なりに新しい旅のスタイルを見つけだし、永くかかえるこのモヤモヤを解消したい。

<後日譚〜帰国してから〜>
本文は旅における悩み、葛藤がよく現れている文章だと思う。旅をしながら書いた勢いを消さないため、後から大きな編集は加えていない。旅の最中は不安定だ。心も体も普通の状態ではない。だからこそ揺らぐ。旅の途中で結論や答えを出そうとすることは非常に難しい。帰国して、一息つくまでが旅である。今帰国して感じていることは、自分の自信と不足、故郷の安心感だ。これについては、後々述べるはずだが、今回故郷の安心感だけ記しておく。東京に帰ってくると安心する。東京が他都市に比べて優れているというわけではない。普段、東京で生活しているだけではわからない、独特の安心感を帰国する度に感じる。これが故郷の偉大さなのかと、ほっとしながら、空港からの帰路につく。

