ただいま、みそちん。

鎌倉は佐助に、ちいさな味噌料理屋がある。20人も入れば満席で、シェフと私とアルバイトがもうひとり、従業員はたった3人。だけどここには、いろんな人がやって来る。週末は日本全国、時には海外からの観光客でワイワイにぎわうし、平日は地元のおばあちゃんがゆっくり味噌を買いに来る。昼間は近所のママたちがランチでホッとひと息つく場所になるし、夜には仕事帰りの人々がちょっと一杯たのしんで帰れるバルにもなる。そして夕暮れ時には、彼らがやって来る。

「味噌のおじちゃん、いますかー!」

ある日ランドセルを背負った3年生くらいの女の子が、店の前に現れた。味噌屋はとある小学校の通学路に面しているため、子どもがたくさん通るのだ。そのとき味噌のおじちゃん、つまりシェフは買い出しに行っていたためいないことを詫びると、悲しそうに帰って行った。また別の日には、運動会帰りの子どもたちが次々とシェフのもとにやって来て、楽しそうにあるいは悔しそうに、かけっこやダンスの報告をしていた。これは聞いた話だが、シェフが旅に出て5日間店を閉めた後、久々に店を開けたその日は「どこ行ってたのー!」と大にぎわいだったらしい。私はこの状況を見聞きしながら、感嘆していた。最初からこうではなかったからである。


今月で、味噌屋がオープンしてからちょうど9ヶ月が経った。まだ誕生間もない4月のことを思い出す。東京から移住してきたばかりだったシェフは店前のウッドデッキに立ちながら、(思えば今より控えめなようすで)通りかかる大人たちに「こんにちは〜」と、子どもには「おかえり~」と挨拶をしていた。そして、「ここは子ども110番の家になったんだ。」と私にポツリとつぶやいた。これには大きな意味がある、と言わんばかりの真面目さで。

私は驚いた。自分が子供のころにすでにこの取り組みは始まっていたが、どの家が子ども110番の家かなんて全然憶えていない。たとえ何かあったとしても、そこに逃げ込むことはなかったのではないかと思う。そして大人からすれば、地域活動としてとりあえず標識を出すという程度の、名ばかりのものなのだろうと思っていた。けれどシェフは、この「名前」が持つ意味を彼なりにとらえ、どう行動すべきか強く意識しているようだった。


それから月日は流れ、味噌屋はすっかり地域に馴染み、シェフは子どもたちの人気者となった。週に2日しか出勤しない私がいない時も、シェフはみんなに挨拶し、子どもたちに「おかえり」を言い続け、ひとりひとりの名前を憶え、日々を積み重ねてきたのだろう。それは味噌屋を取り巻く変化を見れば、容易に想像がつく。

天気の良い日は屋外席でランチをどうぞ

大切なのは、子どもたちにとってはここが子ども110番の家だという事実は、どうでもいいということだ。シェフの行動は、味噌屋の看板を背負うという立場、そして「名前」を得たことの責任感からはじまったものかもしれない。けれど子どもたちに伝わったのは、「この人はいつも私を見守ってくれている」という実感、つまり「名前」を超えた彼の「在り方」だ。その結果、名前が持つ社会的役割を果たそうとしている。実際に、ここが子ども110番の家であることを知らない子も多いだろう。それでも、何かあったら味噌屋に飛び込んでくるのだろうと思える関係性が、ここにはあるのだ。

このようなことは、あらゆる場面で巻き起こっている。例えば職場で店長という新しい役職を任されて、その名に見合うよう邁進する。客の立場からすると、ひときわ気持ちの良い接客をする店員だなと思って名札をちらりと見やると、店長だったという具合だ。しかし、これは何も仕事や役職に限った話ではない。私たちは生きる中で常に「名前」を持ち、絶えず変化し続けるそれを、ときに無自覚に享受し、ときに意識的に使い分けながら生きている。

私は、名前を超えた在り方を、誰かに示すことができるだろうか。

「ついにあだ名つけられちゃったよ、“みそちん”だってさ!」

そう言って笑うシェフのもとには、今日も彼らがやって来る。