ちいさき工夫の毎日

家洞リサ
exploring the power of place
5 min readAug 9, 2016

毎日毎日「こういうことがめんどくさい」「こんな生活はもうたくさん」、と考えを巡らせて生きるのは楽しい。どうしてかって、そんな毎日にちょっとひと工夫を加えるだけで、1日がガラリと明るくなるからだ。例えば排水溝の臭いに悩まされていた時、ゴミ受けを乾燥させるとよいと知りそれを実践した時の爽やかさには「最高!!!」と大騒ぎだった。

暮らしの知恵とは、長年かけて編み出した、あるいは知っておくだけで世界が明るくなるような、誰にでも実践できるちいさき工夫だ。その良さは、やってみて初めて気づくことができる。

わたしは8月初めから1日ひとつ「暮らしの知恵あつめ」をしている。きっかけは1冊の本だ。その名も「生活図鑑 『生きる力』を楽しくみがく」。はじめて本屋さんで見かけた時、背表紙を見ただけでビビッと来るものを感じた。表紙にはちいさく描かれたイラストがたっぷりギュッと詰め込まれていて、例えば山もりの野菜やパン、ミシンや包丁など、色とりどりに染められた生活の一場面がどれもとっても愛らしく穏やかに生きていて、そのひとつひとつに惹きつけられたのだった。

「生活の図鑑って一体なんだろう。何を教えてくれるのだろう。」ワクワクドキドキしながら開くと、そこにはおばあちゃんの語りのような安心感と、クスッと笑ってしまうようなユーモアでいっぱい、すぐに試せる知恵でいっぱいだったのだ。その時わたしは「ありがとうございます…」と出会いと作者に感謝した。こんな本が欲しかったのだ。その上、そこに登場する弟がまるで2歳下の妹そっくりなことに、声を出して笑ってしまった。

生活図鑑には、「家出をする前の必読書」というキャッチフレーズが付いているのだけれど、内容がとても丁寧でわかりやすい。それは、口調や語りの細やかさだけではなく、物語のように進んでゆく図鑑だからだと思っている。この本の初めには父と姉、弟が登場し、母がいない間3人で協力して生活しているひとコマが描かれており、そこで生活図鑑が役に立っている様子が窺える。わたしもこんな図鑑を作りたい…そんなふうに魅せられて、居ても立っても居られなくなってしまったのだった。

わたしと2歳下の妹は、岐阜の実家を離れ東京で二人暮らしをしている。妹が上京する前の2年間、わたしは1人暮らしをしていたから家事はひと通り覚え、なんとか暮らしていける術を身につけた。そこでわかったことは、どうしたって生きていかなければならないということだ。家が散らかっていようと、学校で疲れて帰ってこようと時間は過ぎていくし、住んでいるだけでお金がかかる。できなかったことは自分がやるしかない。その中で、どこを適当に済ませ、何に時間を割くか選びながら暮らしてきたつもりだけれど、何気なく見過ごしてきたあたりまえの中には、ひとたび向き合ってみればちょっと工夫を加えることくらい簡単なことが山ほどある。向き合わずして苦労していることは意外とたくさんあるのだ。それなら、妹の方がもっと戸惑いをかんじているんじゃないだろうか。忙しい毎日の中で最低限ここちよく、そして美しく暮らすためにはどうしたらよいだろうか。

そうして、生活図鑑にならって知恵を集める日々が始まった。妹でも、わたしでもできる生活の工夫を中心に、それぞれが持っている最大限の知恵、未熟なところは他の人が持っている知恵をお借りして、それらを楽しくかわいく、言葉に、絵に、残してゆくことにした。

8月の第1週は、おてがる料理や夏バテ予防、肩こりに効くストレッチ、冷え対策、排水溝のおそうじや帰省前にしたいことについて描いた。「疲れているけど」「面倒くさいけど」が始まりだ。いかに手早く済ますかというところに食材選びやツールの活用、早め早めの下準備というワザが隠されている。わたしたち姉妹にはじっくり丁寧に家事をする余裕はない。生活に必要なのは、どう美しくここちよく工夫するかという発想や、あたりまえになってしまった問題に気づくこと、自分のできることを考えながら方法をデザインしていく力だ。知恵は素晴らしい。

8月9日に帰省をして本棚に手をかけた時、2冊の本を見つけた。ひとつは母の本で、「工作図鑑」。驚くことに、生活図鑑のシリーズ本がうちにあった。もう一冊は小学生の頃、穴があくほど読んでいた「わかもとの知恵」。このなかの「ハンカチをきれいにかわかす知恵」でよく遊んだものだ。
母に暮らしの知恵あつめをしていることを話すと、すぐにネタ帳の1ページが埋まってしまうほどたくさんの知恵を教えてくれた。そんな母は最近、簡単に揃う材料でアロマキャンドルを作っているらしい。こういう発想がわたしにも欲しいものだ。

家の中を見渡してみれば、わたしがお手本にしているのは生活図鑑以上にこの家での暮らしなのだろうと気づく。手垢で汚れた壁をペンキでレンガ風にしてしまうところ、天井から吊り下げられた藁細工のモビール。それぞれの裏に隠された知恵は一体何なのだろうか。ついさっき教えてもらったイタリアンふうのひたし豆をつまみ食いしながら、きょうもせっせと知恵をあつめる。

参考文献

・ おちとよこ.生活図鑑 『生きる力』を楽しくみがく.福音館書店,1997
・木内勝.工作図鑑 作って遊ぼう!伝承創作おもちゃ.福音館書店,1992
・筒井康隆.わかもとの知恵.金の星社,2001

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