つめたい愛情

はしもとさやか
exploring the power of place
5 min readSep 10, 2017

彼らは、おいしく食べてもらうのを待っている。冷蔵庫は、食材が一時的に眠る待合室だ。そこは極めて個人的な空間で、冷蔵庫に何が/どんなふうに「待って」いるのかを見れば、豊富な情報を得ることができる。持ち主の食生活や住環境、あるいは性格や人柄までも。

近年では冷蔵庫から現代社会の食生活を読み解く論文が発表されたり*、多様な冷蔵庫を撮影するプロジェクトが行われたりしている。** 興味を持った私は、帰省の際に実家の冷蔵庫を調べることにした。

2017年8月12日(土)、福島県は郡山市N町、対象は470ℓの大型タイプ。管理者は私の母だ。普段は夫婦2人でこの冷蔵庫を使っている。だが、それにしてはモノが多いように見える。母曰く「これでも中身を減らした」とのことだ。まずは冷凍室を除く全冷蔵室の食材を数え上げることにする。ブロックごとに分け中身を取り出し、ひたすら数えて写真を撮る。2時間ほどで作業を終えると、冷蔵室だけで253の食材が保管されていることがわかった。今回は数えられなかったが、冷凍室のボリュームもなかなかだ。もしこれらの食材も併せたら、優に400を超えるだろう。厚生労働省が発表する「食事バランスガイド」*** で推奨される「1日20品目」を食べたとしても、この冷蔵庫の中身だけで父と母は10日間生き延びることができる。それほど膨大な数の食材が、出番を待っているのだ。

どの部屋もいっぱい

しかし、やっぱり多すぎないか。この時は感覚的に思っただけだったが、のちに先述の論文を読むと、冷蔵庫の食材数が251を超えるのは調査対象100世帯のうち5%だった(2010年度のデータ)。しかも、平均して4人家族の冷蔵庫である。母に伝えると、「田舎で手軽に買い物に行けないから仕方ないのよ」と言った。たしかに、実家からスーパーやコンビニに行くには最短でも車で15〜20分ほどかかるし、両親は共働きである。おまけに、論文では都市部の家庭を対象にしていた。もちろん、これだけで「田舎の家は冷蔵庫の食材が多い」という論は展開できないが、少なくとも我が母はそれを理由に「買い溜め」をしていることがわかった。

驚いたのは、同じような食材をいくつも所有していることだ。例えばゴマだけで4種類、チーズは10種類。そして、気に入りのモノをまとめ買いするのが癖なのか、同一商品が2つ以上並んでいるのが普通だった。3つ以上ある商品も7種類あった。ふと、母からの仕送りダンボールを思い出す。それはいつもぎゅうぎゅうでずっしりと重く、同じモノが2.3個入っているのが常だ。これはたしかに母の冷蔵庫だ、と脳内でつながり少し笑った。種類の豊富さで言えば、母お手製の「漬けモノ」も10種類待機していた。梅干しやピクルスなど定番のものから、にんにく醤油や酢大豆・酢しょうがなど私にとって見慣れないものまで。まるで魔女の秘薬みたいなそれらに、父と娘たちは手を出さない。だが、母にとっては欠かせないものらしい。どれも見るからに体に効きそうだ。彼女は家族が風邪を引くと「気合が足りない!」と一喝するのだが、なるほどこれが「気合」のひとつの形か、と納得した。

3つ以上あったモノ -豆類と発酵食品がとても多い-

同時に、「買い溜め」とは真逆で、野菜の数が少ないことが気になった。食卓を見れば野菜たっぷりなのに、冷蔵庫には18個しか保管されていなかった(チーズだけで10種類あるのに)。しかも家の裏には畑があって収穫し放題なのに、半数は購入してきたものだ。うちの野菜はどこに行ったんだ、と不思議に思っていると、母は畑から採ってきた野菜をそのまま料理し始めた。そうか、我が家の野菜は待合室を経由せず食卓に登場するのか。冷蔵庫に何かが「無い」こともまた、重要な情報になりうるのだ。

冷蔵庫と向き合えば、よく知っているつもりだった人やモノ、育ってきた環境についてあたらしい発見がある。父と私に「今夜のごはんは何食べたい?」と聞きながらつめたい扉をあける母の背中が、いつもより愛おしく見えた。

母、気合の源。お手製漬けモノ10種

*真島 麗子,真島俊一,山口昌伴. (2009) 「冷蔵庫の中身の実態調査と家庭の食生活の現状分析 — 都会における10年間の調査データーからの考察 — 」食生活科学・文化及び環境に関する研究助成研究紀要 24, 91–108, 2009. より

** Mark Menjivar「You Are What You Eat」よりhttp://www.markmenjivar.com//projects/you_are_what_you_eat

*** 厚生労働省「食事バランスガイド」(2005) より

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