またな

Yusuke Wada
exploring the power of place
4 min readJul 10, 2018

初夏の暮れ方、乗り慣れたバスに揺られながらお祭りの会場に向かっていた。まだ引っ越してから数日しか経っていないというのに、もうすでに「久しぶりに帰ってきた」という感覚があった。去年は、近所の子どもたちと一緒に行ったそのお祭りに、その日は1人で向かっていたから、どこかに変な照れ臭さみたいなものがあったのかもしれない。

お祭りの会場につくと、とりあえず出店を一通り周った。出店を見て回ると去年の光景が思い出されて、さっきまでの照れ臭さが自然とどこかに消えていった。そうしてまちの雰囲気に馴染んできた頃合いで、この間まで住まわせてもらっていた下宿先へ挨拶に向かった。

「ただいまです」
「おっ、おかえり〜。帰って来たとこあれやけど、さっきゆうさく来てたで」

去年一緒にお祭りに行ったゆうさくが、私を誘いに来てくれていたらしい。ゆうさくは、私の下宿先の向かいに住む小学生で、住んでいた間はしょっちゅう一緒に遊んでいた友達だ。てっきり、この日はゆうさくと会えないと思っていたので、急いで彼に電話をした。ちょうど友達と近くで遊んでいるとのことだったので、私は彼らと合流することにした。この日を逃すとしばらく会うことがなくなるかもしれなかったので、どうしても会いたかった。

遠くから駆け寄ってくる子どもたちが見えた。合計8人の大所帯だったが、そのうちの何人かは一緒に遊んだことのある子で、彼らは私を見つけるなり「久しぶり!」と言いながら抱きついてきた。先ほどまで遊んでいたからか、汗で少しじめっとした背中が私を一気に童心に帰らせた。そんな中、ゆうさくはなんでもないような顔をして「ねぇ、鬼ごっこしよう」と言った。もしかしたらもう最後になるかもしれない鬼ごっこを、私は全力で楽しむことにした。お祭りの出店などほとんど忘れて、ひたすら道路を走り回った。楽しかった。

鬼ごっこが一区切りしたところで、下宿先の大家さんに呼ばれて家に戻った。リビングにいくと大家さんが「今年はうちが本神輿の番だから記念の手ぬぐいが作られたの。しかも平成最後だからその記念でもあるね」と言いながらその手ぬぐいをプレゼントしてくれた。そのとき急に、このまちを出るのだということを思い出した。どこからともなく湧き出る寂しさをこらえながら大家さんとの別れの挨拶と記念撮影をして、2年半住んだその家を出た。向かいの家の駐車場にはゆうさくとその友達の姿がある。私が何も言わなくとも、ゆうさくは私がこれから別の家に帰ることを感じとっているようだった。

「バイバイ!夏休みに遊びにいくね」
「おぅ、いつでも来いよ」

ゆうさくの友達への挨拶を交わし終えると、最後にゆうさくに「ゆうさくまたな!」と声をかけた。ゆうさくは下を向いてゲームをしたまま、小さな声で「うん」と答えた。

私は駅に向かって歩き出した。2年半住んでいた家を、一緒に遊んだ思い出を、ゆうさくの姿を、背に感じながらお祭りで賑わう人混みの中を進んでいく。電信柱をつなぐ提灯がゆらゆらと揺れている。その揺れが、少しずつ大きくなっていって、最後には歪んで溢れ出てきてしまった。そんなつもりはこれっぽっちもなかったのに、私は何度も後ろを振り返ってしまった。なんだかとても寂しくなったのだ。だけど同時に、達成感というか充実感というか、そんな感情にも包まれていた。「自分はこのまちに住んでいたんだな。ちゃんと住んでいたんだな。」そう思った。

私はいま、こんな話を新しい家で書いている。こっちでも、また別の人間関係ができてきた。挨拶の頻度も増えてきたし、行きつけのお店も見つけた。そんな生活がとても楽しい。窓の外には、電信柱をつなぐ提灯が見える。あのまちのそれとは色も大きさも違うけど、見るたびに思い出す。そんなに大した距離じゃないから、いつでも帰ることはできるんだけど、今年はちょっと夏が終わるまで待ってみようと思う。もうとっくに、布団の準備はできている。

--

--