また、恵比寿で

SHUNSUKE DAIMON
exploring the power of place
4 min readDec 19, 2019

「はぁー、やっぱりヱビスはうまい!」

やつはそう言って、ジョッキを置く。さっき運ばれてきたばかりなのに、一気に3分の2も飲んでいた。白い泡が螺旋状にグラスに巻きついている。

「しかし、久しぶりだよな。たくやは最近どうなの?」

やつはそう言って俺に話を向ける。社会に出てもう6年がたつ。いい加減今の仕事にも飽きてきたところだ。特に、最近異動になった部署が、上司との関係が複雑になってきて色々と面倒な段階。俺は適当に、まぁまぁ、と答えてジョッキを口につける。さっき運ばれてきたハーフ&ハーフを喉に流し込みながら、改めて仕事のことをぐるぐると考える。

「そっちも大変そうだね。こっちも大変で…」

と言って、やつは仕事の愚痴を言い始めた。同じチームメンバーとの関係がこじれてきたこと、自分の担当がうまくいかないこと、様々なセクションとの関係を良好に保つことが難しいこと。一気に専門用語をまくし立ててくるから、情報が多すぎて理解しきれない。

「でも、とりあえず今の職場は3月までで、次は23区のどこかに異動だと思う。」

俺も今年度異動したが、やつも3月に異動らしい。サラリーマンは大変だ。

「たぶん新宿周辺だと思うけど、恵比寿に異動したらここに来放題だね。」

ここはBEER STATION恵比寿。恵比寿ガーデンプレイスの一角にある、ヱビスビールの直営店だ。どちらが言い出したのかとなぜここになったのかは忘れたが、俺とやつが東京で会うときは必ずここの店で飲むことになっている。直営店の凄さなのか気持ちの持ちようなのか分からないが、とにかくビールとジンギスカンが美味い。俺もやつもビール好きだから、東京に数多店があるとしてもここから動かないのだろう。

「そろそろ、ジンギスカンいこうぜ!…あっ、おねーさん!すいませーん!」

小走りにやって来た店員にやつは手早くジンギスカン2人前とハーフ&ハーフの追加を頼む。俺はハーフ&ハーフに飽きてきたから琥珀に変えた。

「しかし、たくやも変なやつだよな。このためだけに東京に出てくるなんて。」

やつは東京、俺は地元で働いている。地元で完結してしまう仕事柄、東京に出られる機会はある意味貴重だ。やつと会う、という目的があるから重い腰が上がる、なのだろうか。

「そういえば、たくやは結婚しないの?彼女は元気?」

そう言って俺に話を向けてきた。俺、やつ、俺の彼女は中学校からの馴染み。俺と彼女は地元に残ったが、やつだけは高校を中退して東京に出て行った。俺は彼女が元気なこと、地元で正規職に就けず臨時職を続けていること、家で煮物を作ろうとして盛大に鍋を焦がしたことを話した。

「ははは、あいかわらず!」

俺が取り出したセブンスターにやつも手を伸ばす。禁煙した、と言っていたはずだが、なぜか俺と飲むときだけは煙が欲しくなるらしい。やつは煙を口から吐き出すと、たった今湯気と共に運ばれて来たジンギスカンを口に入れる。

「うまい…やっぱりジンギスカンはここだね。」

ヱビス、ジンギスカン、セブンスター。俺とやつが恵比寿で飲むようになってからそろそろ10年が経つが、2人のテーブルに載るものは変わらない。食も場所も溢れる東京。その中の恵比寿にこだわり、そして並ぶものの変わらなさは2人の保守性なのか、それとも変わらないことが醸し出す安心感なのか。ここは様々なことを開示して共有し合った2人だからこそ、恵比寿という名前にとらわれ過ぎない心地よい場になっている…と、俺は考えている。

結局、2人でジョッキを20杯くらい開けたのだろうか。やつとの会はいつも終わりの記憶がない。気がつけば地元に向かう列車に揺られている。ここで書いたことも、きっとやつとの時間の一部でしかないのだろう。

やつ…大門と恵比寿で最後に会ってから、3年がたつ。あの時は夏に娘が生まれるって話していたが、そういえばそれから連絡していない。俺も結婚したし、そろそろ連絡してみるか。ただ、大門のことだから、きっとこう言うんだろうな。

「また、恵比寿で」って。

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