まち時間

Yusuke Wada
exploring the power of place
4 min readJan 9, 2018

神奈川県横浜市鶴見区。JR鶴見駅から徒歩15分ほどのところにある「清水湯」という銭湯に僕は住んでいる。「住んでいる」というのは、まあ下宿みたいなものだ。きっかけは、何というか、たまたまである。もともと銭湯好きの僕が、引越し先として銭湯のある商店街を探していたらここにたどり着いたのだ。創業は1949年、今年で69年目を迎える老舗の銭湯で、今でも近所に住む常連さんが数多く訪れる、みんなの社交場として元気に営業を続けている。そんな清水湯に住み始めて1年ほど経った昨年の1月から、週に1回僕も番台に立つことになった。清水湯の営業時間は15時~22時で、月の中で3のつく日以外は毎日営業している。僕は大学のない土曜日の昼番(15時~18時30分まで)を担当しているのだが、初めて番台に立った日の開店は僕にとってすごく印象的で、その時のことをノートに記していた。

2017年1月14日、土曜日。天気はくもりで、気温は6℃。朝のニュースで、「今日は、全国的に冷え込みます」と言われていた通り、外はかなり冷え込んでいる。14時10分、準備開始。午前中、準備について一通りの説明を受けていたが、いざ1人でするとなると意外と覚えていないものだ。そんな僕を見兼ねてか、ことちゃん(オーナーの奥さん)が様子を見にきてくれた。まずは、浴槽の保温用カバーを外し、窯場の濾過器に浄水タブレットを入れる。そうしたら、カラン、シャワー、冷温水、超音波、バイブラの順にスイッチを入れ、それらが正常に動作していることを確認する。お風呂の温度が僕の実家よりも熱めで、シャワーの絞め忘れがないことを確認したら風呂場の準備は終わりだ。次に、番台での準備に移る。銭函から「商品」と「飲物」の代金を入れるケースを取り出し番台の下のスペースにセット。元からセットしてあるケースには、左から順に10円玉、50円玉、100円玉、500円玉のお釣りを入れる。朝届いたスポーツ紙を休憩所のテーブルの上に置いて、テレビをつけ、最後にコーヒー牛乳の補充をしたら一通りの準備は完了だ。

時刻は14時40分。準備を終え一段落していると、扉の向こうから「まだかー」という荒々しい声が聞こえてきた。怒られたかと思ってびっくりしたが、開店は15時のはずだ。心配になった僕はことちゃんに助けを求めた。

「いつも、『まだかー』って叫ばれんねん。それに合わせて 早く開けてた らどんどん時間早なるで」

「そうっすよね。常連に負けずにやらないとですね」

「せやねん。だから、45分にならな開けんって決めてんね ん」

聞けば、いつも開店時間の30分前からお店の前には常連が集まりはじめ、こうして「早く開けろ」と催促してくるらしい。はじめはこの要求に応えて開店時間の少し前に開けるようにしていたのだが、その時間がどんどん早まってきたことで、15分以上は早く開けないというルールが暗黙のうちに出来あがってきたらしい。

「まだ開いとらんのか。寒いからはよ開けてくれー」

「はあい。開けます」

14時45分。きっかり15分前に開店した。男性3名、女性4名の計7名の常連が流れるように受付を済ませ、あっという間にそれぞれの暖簾をくぐっていった。

それにしても、なぜ15分なのか。このことは、今でもよくわからない謎である。ただ、長い時間の中で行われてきたお店と常連とのコミュニケーションの集積がこの15分にはあるような気がするのだ。10分でもだめ、20分でもだめ。おそらく、この時間にそれほどはっきりとした理屈は存在しないが、双方が適当なところで妥協した結果「15分」になったのだろう。そして、この妥協はお店と常連との長い付き合いがあって生まれた相互の感謝の表れなのだ。こうした関係は、大型のスーパー銭湯のように仕組みやルールがきちんと決まっているところでは見られない関係だと思う。緩さがあってはじめて生まれるコミュニケーションがあり、まさにそれが鶴見というまちにおいて70年ものあいだ銭湯を続けてこられた鍵なのだろう。清水湯は、このまちの人とともにあるのだ。

初めて番台に立ってからちょうど1年になる。
今日も、いつものように扉の向こうから常連の声が飛んでくる。その声に、いつものように「まだです」と応答する。この瞬間、僕はいつも、なぜだかちょっと嬉しくなるのだ。

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