みんなの場所

Yoko Takeichi
exploring the power of place
5 min readOct 19, 2016

私が大学に入ったとき、ダンスの練習場所として先輩に案内されたのは、地元の公民館施設の敷地内の空地だった。住宅が完全に隣接しているわけではないが、少し歩いただけで大通りだ。

1人ではどうがんばってもできない技をしつこいくらいに教えてもらったり、プロのダンサーの動画を見て一緒に研究したり。こわい先輩につかまって嫌というほど基礎練したことも絶対忘れない。この場所のことを考えるといろんな人と過ごしたたくさんの時間が思い起こされる、愛着のある場所だ。

ダンスをするにはどうしても音が必要である。いくつものスピーカーの音が混じり合うといつの間にか全体的にうるさくなる。近隣住民から苦情が寄せられることもあった。

そこで私たちは、自主的にルールをつくった。ひとつめが、22時以降のスピーカーでの音出しの禁止。音量と声量には十分注意する。もうひとつが、23時に全員完全撤退。22:50には踊るのをやめ、声をかけあってゴミや忘れ物がないかみんなで確認しあい、駅へと向かう。誰からともなく音量声量にはより注意を払うようになっていった。

先輩は、なんども私たちにこう言った。「ここが使えているのは当たり前じゃない。使わせていただいている場所だから、感謝を持って大事に使おう」

公開空地。私有地だが一般の人が広く利用出来る場所で、利用禁止をされたことはないものの私たちがそこで練習できているのは半分目をつぶってもらっているようなものだと先輩から聞かされた。そもそも100人規模のダンサーが、私情でその場所を占領していいものか。グレーな使いかたはやっぱりなんだか気持ち良くなくて、自分なりに申請の方法やほかの練習場所になりそうなところを調べた。市への申請は何ヶ月も前から企画書を出さなければならず、その許可をとるのも簡単ではないことがわかった。

新宿駅に、損保ジャパン日本興亜本社ビルという建物がある。通称「安田ビル」と呼ばれるその大きな建物は周囲がぐるりとガラス張りになっており、社員が帰るころになると、どこからともなくダンサーが集まる。「ダンサーの聖地」と呼ばれるこの場所も、ここ数年で利用者のマナーが悪くなり、注意喚起を受けることが増えた。

一度、損保ジャパンから意見集約としてダンサーが声をかけられたことがある。集まったのは損保ジャパン、警備責任者、ダンサーの三者だ。すでにきている苦情がこれ以上増えると使用禁止にせざるをえないため、事前にヒアリングがなされたようであった。

代表で話し合いに参加した3人のダンサーはその後、各々のfacebookやtwitterに文章を載せた。関東最大の学生ダンス連盟の代表やプロのインストラクター、社会人ダンサーがいることから、それぞれの言い方で啓発をするのが効果的だと考えたのだろう。しかし、損保ジャパンからの説明のこまかいニュアンスがバラバラなのは、拡散を前提にしているにしては不完全にも思う。拡散された情報は正しく利用者のダンサーに届いているのだろうか。

Spotlightというwebメディアが「【ダンサー必読】損保ジャパンが寛大すぎる件」というタイトルで彼らの投稿をまとめて公開していた。

東京都総合設計許可要綱実施細目によると、公開空地を利用する場合、1回の行為について90日以内、年間2回以上占用行為が行われる場合は、全行為の延べ日数が180 日を超えないこと、という決まりがある。公開空地等の一時占用をしようとする場合、一時占用申請書を知事に提出し、承認を受けなければならないそうだ。利用申請をしたとしても、日常利用は難しい。

通称安田ビル

私が大切に使っていた思い出の練習場所は、自主的にルールを定めてから、かなり注意深く利用していたがその後も苦情が来て、今はもう使っていない。かくいう私が幹部だったときに、これ以上は継続的に使えないと判断し、メンバーからの非難を受けながらも団体として使うことをやめた。本番前の合わせに必ず利用していた地元の駅地下も、先日利用禁止の張り紙が貼られた。

場所への感謝とは何だろう。先輩の繰り返していた言葉を思い出す。

「大事に使う」以前に、自分たちの使う場所はどういう場所なのかを考えないと、使うことはできない。ストリートシーンで生まれたダンスだが、今やホワイトにストリートで踊ることは厳しいと言えるだろう。そもそもブラックカルチャーにホワイトという考え方もないのかもしれないが、現代でダンスを楽しむ者だからこそ、考える必要がある。

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