アルバム

Nina Tsubokura
exploring the power of place
4 min readJan 10, 2017

赤いソファーの上で眠る、幼い私の写真。そして、その横に祖母の丁寧な字で添えられた、日付と「お店のお気に入りのソファーでお昼寝」というコメント。それは、祖母が、私が遊びに行くたびに写真を撮っては、少しずつ作っていってくれた、私のアルバムだ。赤ちゃんの頃から小学校低学年くらいまでの写真が順番に並べられ、それらは4冊分になって、今でも福井の祖母の家で保管されている。仕事をしていて忙しかった母は、アルバムを作る手間を惜しんだため、祖母の作ったアルバムが唯一、私の成長記録の役割を果たしていた。そんな事情もあって、自分のアルバムがあること自体が嬉しかった私は、小さい頃はよく、「私のアルバム見せてあげる」と、作ってくれた祖母本人に見せびらかしたりしていた。

そのアルバムを、お正月に祖母の家に行った機会に、久しぶりに開いてみていると、母と祖母も覗き込んできた。祖母直筆のコメントも手伝って、ページをめくるたび記憶が蘇り、思い出話に花が咲く。

「この赤いソファー、なんとなく覚えてる」と私が言えば、「これが売れちゃった時、あなたすごく泣いたのよ」と祖母が教えてくれる。赤ちゃんの頃のページでは「抱っこしていないとすぐ泣く子で、大変だったんだから」と二人から聞かされ、苦笑する。アルバムに書かれた祖母のコメントによると、縦抱きされるのが好きだったようだ。「この写真、おばあちゃんに花火大会に連れてってもらった時のだね」「バス乗って行ったのよね」夏休みでも仕事で忙しい母が、小学生の私を祖母に預けていた時の話は、私と祖母とで母に聞かせる。

そうやって、お互いの知らない思い出も共有しながら、ゆっくり昔のことを振り返るのは、とても良い時間だった。それができるのも、祖母がアルバムを作ってくれていたおかげだ。当たり前のことではあるが、幼い頃のアルバムというのは、自分で作れるものではないし、大きくなってから欲しいと思って手に入るものでもない。だから、このアルバムがあるのは、幸せなことだと、私は思う。

自営業の箪笥店を営み、その仕事と家事に追われて、決して暇ではなかったはずの祖母。それでも、私が東京に帰った後、空いた時間を見つけては、私の写真を現像して、撮った時のことを思い出しながら、一枚一枚、日付や場所、そしてコメントを手書きで書き込んで、アルバムを作っていってくれたのだろう。そのありがたさや、そこに込められた愛情が、今になってやっとわかる。そして、母と祖母と共に、アルバムのページをめくりながら、私がまだ小さかった頃の苦労話や、私が初めて立った日のことを聞いたり、色んな場所へ遊びに連れて行ってもらって楽しかった思い出の話をしたりしていると、改めて、ここまで「育ててもらった」のだと実感する。それを教えてくれるこのアルバムは、私にとってはただの写真帳ではない。私の成長を見守り、記録し続けてくれた祖母の愛情が詰まった、宝物のようなものだ。

アルバムの1ページ

スマートフォンが普及し、手軽に高画質の写真を撮影したりシェアしたりできるようになったいま、わざわざ写真を現像してアルバムにまとめるということは、ほとんどしなくなっているように思う。実際、祖母の家で幼い従兄弟たちに会い、スマホでたくさん写真を撮ったが、それらは現像することなく、データとして共有するだけだった。彼らの両親も、そして祖母も、アルバムは作っていない。

もちろん、スマホはとても便利だ。撮影するだけで自動的に撮影地と時間が記録される。画質も良いし、後から加工することもできる。現像した写真のように古ぼけることもない。 スマホに保存された写真は、データとしてはアルバムよりずっと有能かもしれない。それでも、従兄弟たちが大きくなった時に、アルバムをめくる代わりにカメラロールを遡るのかと思うと、少し寂しさを感じる。彼らはそこに、私が祖母のアルバムから感じたような愛情を感じることができるのだろうか。それを宝物と思うことができるのだろうか。デジタルの便利さは決して悪いことではないけれど、アルバムのように、アナログで、手間暇かけて作るものならではの良さを忘れてはいけないと思う。

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