アルファベット探し
「今日新たに確認された東京の感染者は昨日からさらに増えて…」
テレビからアナウンサーの声が流れ、私は天を見上げたいような気分になった。ため息が出そうなのを堪えて、リモコンの電源ボタンを押した。
最近気づいたら液晶ばかり見ているし、なんだかおもしろくない毎日を過ごしていた。わくわくすることないかなあと考え、小学校の時に大好きだったあそびを思い出した。
一年ほど通っていた速読教室で学んだ「〇〇探し」というあそびだ。速読をする上で目の筋肉や反射神経は大事だったらしく、それを鍛えるトレーニングがさまざまあった。例えば、窓の枠に沿って目だけを高速で上下左右に動かしたり、散らばった数字を順番に目で追うなどがある。これらの派生として教えてもらったのが「〇〇探し」というあそびだ。電車やバスの窓の外にある「赤いもの」を探したり、「目に入った看板の数」を数えるなど、日常でもトレーニングできるように考えられものだ。
あんなに大好きだったのに最近はすっかり忘れていたなあと思ったところで、今日は「アルファベット探し」をやろうかな、と思いついた。
「アルファベット探し」とは、散歩に出かけてアルファベットを探していくというあそびである。ルールはかんたん。こうである。
一、歩きながら「A」から「Z」の順にあるアルファベットを探していく。一、途中で先のアルファベットを見つけてもそれはカウントされない。一、同じものに複数のアルファベットがあっても、ひとつしかカウントしてはいけない。
よーし、と意気込んで着替え、お気に入りのライニングシューズを履く。大学一年生の時に買ったこれもまたお気に入りの帽子をかぶったらもう完璧。ドアを開けた先で雨粒が見えてももはや気にならない。
エントランスを踏み出した瞬間に雨が強まったのは少し堪えたが、早速見つけた。住んでいるマンションの石碑に刻まれている「A」である。心が躍る。隣には「P」もあったが、これはルールに従ってスルーする。写真を撮って、次の一歩を踏み出す。向かう先は近くにある商店街だ。
道の途中でテンポ良く、「B」「C」「D」「E」「F」「G」を発見。横浜ベイスターズの旗、マンションプレート、コーヒーショップの看板やバーの外掛けメニューの写真を撮る。このまま順調に26個見つかると考えたが、それは甘かった。「J」が見つからないのだ。ジュースショップなんてないなあと考えながらうろうろして20分ほど経って、やっと大通りに面した通りでスナック「MJ」を見つけた。まつもとじゅんこさんだろうか。すでに少し疲れてきていたので、これはうれしかった。隣り合ったお店では「K」と「L」も発見した。
商店街に入ってからは、アンティークショップから「M」を、靴屋さんから「N」を見つけた。「いらっしゃい」という声が聞こえ、活気が戻っていることに安心した。流れていた音楽はなぜか「パプリカ」の英語版で、一体誰が選曲しているのだろうと不思議に思った。行きつけの八百屋さんで「O」、近くの壁に貼ってあったペットのチラシで「P」を見つけた。商店街を一周したところで一度立ち止まることになった。あれ、「Q」が見つからない…。「J」を発見してから10分しか経っていなかったが、もうかなり疲れてきた。アルファベット探しをはじめたことを少し後悔した。
しかし、心配することはなかった。「Q」に関しては歩けば必ず見つかる場所を知っていた。商店街から15分ほど離れたアルバイト先へ向い、ほとんどドヤ顔で看板の「Q」を激写した。帰り道で残りを探そうと思ったが、雨で道がつるつるしていて危なかったので商店街に戻ることにした。お店の看板や棚、自動販売機から「R」「S」「T」「U」「V」「W」がテンポよく見つかった。家の近くの煙草屋とレンタルショップでは「X」と「Y」を発見したが、「Z」は結局家の近くでは見つからず、再び戻った商店街の入り口近くの美容室で見つかった。写真を撮った瞬間に達成感に包まれ、スキップしたい気持ちを抑えて早足で家に戻った。
帰ってからお風呂に入り、そのままベットに倒れ込んだ。総時間1時間47分、6601歩。体力の衰えた体には少し酷だったが、楽しかった。なんでもない生活をいかにわくわくできるかって大事だなあ。今度は「ひらがな探し」でもやろうかなあと胸を膨らませた。