チャラい?

Kana Ohashi
exploring the power of place
4 min readOct 19, 2018

2016年12月3日の22時30分頃、私は渋谷駅から徒歩5分ほどのクラブの入口で待ち合わせをしていた。「クラブ」と呼ばれる場所には、海外への留学中や旅行中に友人に連れられて行ったことがあるが、日本では数えるほどしか行ったことがない。特に30代になってからは、早寝早起きの生活を徹底してきたので、夜更かしも夜遊びも苦手だ。夜に渋谷に出かけることがあったとしても、遅くとも23時までには湘南新宿ラインに乗って自宅に帰る。だから、22時30分に渋谷のクラブで待ち合わせをするというのは、ふだんの私なら考えられないことだ。待ち合わせの相手は、私の研究の調査協力者のガイアスだった。

私は2014年から博士研究のために、国境を越える移住を経験した人びとが、どのように母国(あるいは他国)にいる「家族」と、国境をまたがるトランスナショナルなつながりを成り立たせているかを調査してきた。ガイアスとは、同じ研究室に所属していた香港出身の留学生ジョイスの紹介で知り合った。彼は、ロンドンの大学で日本語を学び、交換留学で1年間日本に滞在した後、大学を卒業して、就職するために日本に引っ越してきた。日本の大手企業で会社員として働きながら、イギリスや他国で暮らす「家族」とのトランスナショナルな交流を続けていたので、調査への協力をお願いすることにした。

Facebookでガイアスと「友達」になり、彼が投稿していた内容を見て抱いた第一印象は、「この人チャラい?」だった。なぜなら、投稿のほとんどが渋谷のクラブでのイベントやパーティーに関する内容だったからだ。髪を茶色や金色に染めた日本人(と思われる)の仲間に囲まれて、ジョッキを片手に笑っている彼の写真に対して、「チャラい!」「イケメン!」などのコメントが書き込まれていた。彼はそういうコメントに対して「あざす!」と、日本の若者言葉で楽しそうに応答していた。私はそんな彼の日常生活のさまざまな場面に立ち会わせてもらい、インタビューを重ねることで、1年間かけて彼の日本への移住の経験と、「家族」のあり方を理解することを試みた。

ガイアスの生活は、私の想像とはかけ離れていた。平日は、朝7時に洗面と着替えをすませて家を出る。会社の前のコンビニでバナナやおにぎりを買い、会社の最上階のスペースで世界の経済ニュースをスマートフォンで確認しながら朝食をとる。9時前にはデスクで働き始める。仕事を終えると、プロテインバーを食べてからスポーツジムに行って筋力トレーニングをして、自宅に帰ると軽い夕食を食べて23時過ぎには寝る。平日は仕事の後に酒を飲んだり、人と会ったりすることはほとんどない。日本語を流暢に話し、漢字も使いこなして仕事をするガイアスだが、最初のうちは日本語の聞き取りがうまくいかないことや、仕事上の専門的な日本語がわからないこともあったという。平日は、緊張とストレスを感じながら、仕事だけに集中する生活を送っている。そんなガイアスにとって、週末は大切な人びとと過ごし、楽しむための時間だ。日中にイギリスにいる両親やスペインにいる弟にスカイプで近況報告をして、夜はクラブに行く。日本でできた親しい友人の多くとは、クラブで出会った。自分と同じタイプの音楽が好きな人たちとつながることで、孤独感から解放されて、日本での生活が楽しくなったという。友人のすすめでDJをするようになり、彼の〈世界〉は広がった。

待ち合わせ時間ちょうどに、ガイアスは現れた。一緒にクラブに入り、彼のDJとしての出番を待った。まばらだった客が、真夜中に向かうほど増えていく。数人のグループ客もいれば、ひとりで来ている客もいる。ひとり目のDJがはけて、ガイアスが登場した。緊張感と高揚感に包まれている表情だった。彼が繰り出す音楽に合わせて、客が揺れる。「DJの仕事は副業というより、情熱の対象です」という彼の言葉を思い返した。深夜の渋谷のフィールドワークで、私の〈世界〉の見方は更新された。

DJの出番を終えて一旦クラブの外にいる友達に会いに行くガイアス(2016年12月3日筆者撮影)

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Kana Ohashi
exploring the power of place

Ph.D. in Media and Governance. Associate Professor at Department of Communication Studies, Tokyo Keizai University.