ビジネスホテルのロマン

jir
exploring the power of place
4 min readAug 19, 2019

「こんばんは、いらっしゃいませ。」

「こんばんは、今日1泊で予約してます、タカシマです。」

「タカシマ様…はい、お支払いは完了しております。こちら、シングルルーム1208のカードキーでございます。ごゆっくり。」

「ありがとうございます(12階か…今日はいい景色かもしれないな)。」

私はカードキーを受け取り、いつも通り部屋まで向かった。

今、アパホテル横浜関内の1208号室にいる。3ヶ月前に初めて宿泊し、価格と立地の良さを気に入ってから、かれこれ5回目の訪問だ。いつも通りドアを開いてすぐ右にあるクローゼットに荷物と靴を入れ、iPhoneとiPad、それらの充電器を持ってベッドに寝転ぶ。

私はかなりのビジネスホテル好きだ。どれほど好きかと言うと、1年間に30泊以上、つまり少なくとも1年間でまるまる1ヶ月はビジネスホテルで過ごしている。主に神奈川と東京のビジネスホテルはほぼ制覇したと言っても過言ではない。

私にとってビジネスホテルとは何か。

結論から言えば絶妙に動きやすい非日常空間だ。

まず前提としてビジネスホテルに限らず宿泊施設を利用することの絶対的な醍醐味は、非日常的な体験である。寝泊まりする場所の周辺の駅やレストランなどが一気に変わる、部屋の中の家具や家電が変わることだけでも、マンネリ化されたこれまでの日常から抜け出すことができる。言わば「擬似引越し」のようなものだ。毎回ホテルに着くと周辺に美味しいラーメン屋が無いか探したり、部屋の家電家具のブランドや形のこだわりを観察することにワクワクする。

そしてビジネスホテルでは必要最低限の家具家電・サービスしか用意されていないことが、かえって過ごし方の幅を広げている一般的な宿泊施設に比べてビジネスホテルは低価格で宿泊場所を提供することに焦点が置かれており、ドライヤーや歯ブラシなど最低限のモノしかない。そのため色々なホテルサービスを受ける受けないを判断することなく、自分が集中したいこと、楽しみたいことに費やすことができる。

そうなると、ビジネスホテルに持ち込む荷物が過ごし方全てを決めると言っていいほど重要な役割を担っている。「部屋で何をしたいか、最大限楽しむために持っていくべきものは何か」を考えながら、1つのカバンの中に色々なものを入れていく。妄想が好きな私にとって夢のある作業だ。しかもホテルに持っていくものを取捨選択する中で、実は自分の生活を彩っていたモノがだんだんハッキリと見えてくるという面白い発見もある。

また、ホテルで自由に過ごすことを後押ししてくれるのが、ビジネスホテル特有の宿泊価格と客層である。ホテル予約サイトで予約方法を工夫すると1泊3,000円以下で泊まることができるため、昼から寝たくなったとしても「折角ホテルに泊まっているのに何もせずに寝るだけなのが勿体無い」などと思わない。リゾートホテルや旅館などは家族旅行客やカップル客がそこらかしこに宿泊しているため、昼から寝るといった堕落した過ごし方に罪悪感を感じるかもしれない。ただ、ビジネスホテルだと宿泊客もサラリーマンや遠方から来た学生が多いためそんなことを感じる心配もない。

そう考えるとビジネスホテルは良い意味で私たちを放っておいてくれる場所と言えるだろう。「寝所はご用意しました。これといったサービスは特にないので、後はご自由に。」といった具合だ。

今日もこうしてビジネスホテルに泊まりに来て文章を書いているわけだが、書き終わってから何をしようかなんて決めていない。手元にはiPadと充電器。レンタルした映画を観ようか。いや、コンビニでお菓子でも買って雑誌を読もうか。出てすぐそこの薄汚れた居酒屋に冒険するのもありだ。他人が営む場所で寝泊まりするというのに、やけに落ち着く。決めた、夕方だけど寝てしまおう。私は起きてからまたどうするか考えることにした。

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