フィールドワーク展という場のチカラ

Kana Ohashi
exploring the power of place
4 min readFeb 11, 2020

毎年 2月初旬、加藤文俊研究室(以下、加藤研)の成果報告展覧会「フィールドワーク展」が開催される。この展覧会では、その年度に加藤研が取り組んださまざまなプロジェクトの成果や、学部4年生および大学院生の個人研究の成果が展示される。私も、博士課程の学生として加藤研に所属していた2014年度から2018年度にかけて、毎年フィールドワーク展で研究の進捗や成果を報告してきた。来場者とやりとりをしていると、お褒めの言葉や丁寧なアドバイスをいただき前向きな気持ちになることもあるが、答えに窮する質問や鋭い指摘をされてモヤモヤした気持ちになることもある。意外にも、モヤモヤした気持ちのほうが、後から重要な発見やアイディアにつながることが多かった。フィールドワーク展での出会いは、私の博士研究に少なからぬ影響をもたらした。

今年度は、初めて「卒業生」として会場を訪れた。メンバーとして参加していたときは、展示内容について来場者に説明する必要があったため、会期中はずっと緊張感と高揚感があった。今回はゆったりした気持ちで会場へ向かった。恵比寿駅から歩いて5分ほどの弘重ギャラリーのドアをあけると、受付担当のメンバーとともに、珍しくスーツ姿の加藤先生が迎えてくれた。私は、一般の来場者と同じように、新鮮な気持ちで会場を眺めた。展示は、地下 と1階に分かれている。響いてくる話し声の音量から、地下はすでに多くの来場者で埋め尽くされていることがわかった。しばらくの間、すいていた1階で過ごすことにした。

毎年フィールドワーク展では新たな出会いがたくさん生まれるが、再会の場面を経験したり目撃したりすることも多い。フィールドワーク展の主役は、現役メンバーであることは間違いないが、その場に集う人びとの間でもさまざまなコミュニケーションが生まれる。受付には、次から次へと人が来ていた。入り口の方に目を向けると、中原慎弥くん(以下、まさやくん)の姿が見えた。まさやくんは2017年度に加藤研に所属していたが、その後、別の研究会に移った。この3月に大学を卒業する。私に気づいて、笑顔で挨拶をしにきてくれた。加藤研で一緒に過ごした時間は長くはないけれど、いつもちゃんと挨拶をする、人の目を見て話す彼の姿は心に残っている。彼は卒業プロジェクトとして、5人の学生の生活史を本にまとめたと、S N Sでの投稿を見て知っていたので、「どうだったの?」と聞いてみた。すると彼はカバンからその本を出し、「加藤研にいるときいろいろお世話になったので」とプレゼントしてくれた。可憐な花が描かれた表紙の『彩録 -Irotori Dori-』という本で、320ページと分厚い。受け取ったとき、まだ中身を読んでいないのに、きっとやりたいと思ったことをやりきったんだなと、清々しさを感じた。彼が加藤研を離れた後に過ごした2年間に、思いを馳せた。

翌日から『彩録 -Irotori Dori-』を持ち歩き、一気に読み進めた。仕事に向かうために乗っていた田園都市線の車内で、最後の方を読んでいる最中に涙が溢れた。この本の企画は、まさやくんが大学受験や大学生活において、「なりたい姿」を描けず悩んだ経験から生まれたものである。本に登場する5人は、「研究、アルバイト、サークル、学外活動、エトセトラ。それぞれが、それぞれの場所で、何者かになろうと戦っている」学生たち(元学生も含む)だ。まさやくんを前に語られた5人の言葉が、読む前に想像していた以上に、私には響いた。特に、それぞれの語りのなかに登場する、「親」「先生」「上司」といったいろんな「大人」が、良くも悪くも彼や彼女に与えたかもしれない影響について想像し、しみじみしたり、ヒリヒリしたりした。私は、この4月から大学で専任講師として働くことになっている。ひとりの「大人」として、これから学生たちとどのように関わっていけばいいのだろうか。まさやくんから、バトンを受け取ったような、宿題をもらったような気持ちだ。このタイミングで良かった。フィールドワーク展での偶然の再会に、不思議なチカラを感じずにはいられなかった。

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Kana Ohashi
exploring the power of place

Ph.D. in Media and Governance. Associate Professor at Department of Communication Studies, Tokyo Keizai University.