ベランダから、眺める

Sho Okawa
exploring the power of place
4 min readJul 10, 2017

新宿ゴールデン街という街で働きはじめてから、はや10カ月。街には50年も店を営んでいる人もいるので、10カ月やそこらではまだまだ街の新参者には変わりない。それでも、街を歩いていると声をかけてくれる人は徐々にだけれど、確かに増えた。こと自分の働いている店に関していえば、ほとんどのお客さんの顔は覚えたし(本名は知らないことのほうが多いけれど)、自分で店を開けて閉めることもときどき任されるようになった。

一人で店に立っていると、常連客に「(店長の)カンバヤシはどうしたの?」と言われ、「今日もまた遅刻してるみたいなんですよ、最近店長来るの遅くて」と返すことが、何度かあった。そのあとは大抵、「ショウ君にはもう任せられるって思ってるんだよ、カンバヤシも」と言ってもらえる。ぼくは「いやいや、そんなことないですよ」なんて言いながら、満更でもない気分になる。つい先日も、店長が時間になっても一向に来る様子がなかったので、お客さんと「店長がまたどっかで飲み歩いてるんですよ」なんて言っていた。その日は金曜日の晩だったこともあって、お客さんの入りも多かったため、凄く忙しかった。

連絡一つもくれない店長に少しだけ苛立ちを覚えながら必死に働いていると、24時をすぎたころ、ようやく店長が顔を出した。明らかにお酒を飲んできた顔で、同時にすごく疲れた表情を浮かべていた。その表情を見て、何かあったことはすぐに分かったのだけれど、ぼくも疲れていたからか、つい「何してたんですか、めっちゃ忙しかったんですよ」と少しだけ、嫌味を言ってしまった。店長はすぐに「ごめんね、いろいろあって」と素直に謝った。「いろいろあって」というときは、本当に何かあったときだ。何もないときには「ペットのフェレットに餌やってて」とか「雷が家に落ちて」とか、どうでもいい言い訳をするから、すぐにわかる。

「実は昨日の夜、イマイさんがいつも通り朝方、道でヌンチャク振り回しててさ。」

「あぁ、それならInstagramのストーリーで見ましたよ、なんかヌンチャクぶん投げてましたよね。」

「え、インスタにあがってたんだそれ。マジか。そうそう、そのあとなんだけど、その付近で周年記念やってた店の人たちと喧嘩になってさ。お前なんだよコラ、みたいなことになって、ほぼ土下座もんの謝り入れてたの。ほんと勘弁してください、って。」

「あの動画のあとそんなことになってたんですか…。」

「そうなんだよ。で、今日もその店が周年やってるから、もっかい謝りに行っててさ。昨日はほんとにすいませんでした、っていうと、覚えてないから大丈夫よー。って。ぜってぇ覚えてるよあいつ。」

こういう話はあまりお客さんの前でしないのだけれど、その日は酔っているのもあってか、お客さんの前でも構わず話していた。事の次第を聞き終えたぼくは、恥ずかしさと申し訳なさを感じていた。普段通りに店で楽しく過ごせる裏では、いろんな揉め事を調整する人がいる。すぐ忘れそうになるけれど、ここは歌舞伎町で、夜の仕事なのだ。いままで10カ月間働いてきたけれど、大きな揉め事や喧嘩に巻き込まれたことは今のところ、ない。それは、いつも店長や他のスタッフが喧嘩や揉め事の仲裁に入ってくれているからだ。ぼくが絡まれそうになっているとき、軽い喧嘩なら横で笑っている店長も、少し危ないときにはすぐに止めに入ってくれる。この街で働き始めて10ヶ月。色んなことを知っているつもりになっていたけど、ぼくの目線からは見えていないことが、まだまだたくさんある。

働いている店のベランダ

7月7日、七夕。この日は仲の良い店と合同で、「浴衣 de Night」というイベントを開催した。スタッフみんなが浴衣を着て、他の店のお客さんと交流する。合同で企画した他の店にもよく顔を出すので、いろんなお客さんやスタッフから、浴衣姿を褒められた。楽しくイベントをすごしているのもつかの間、あるお客さんと外国人観光客との間で、喧嘩が始まった。「喧嘩は下でやってください」、と店長が通りにおろして、喧嘩の仲裁をする。ぼくは、それを二階にあるベランダから眺めていた。揉め事が起こると、いつも店長が下の通りで仲裁する。ぼくはいつも、それをベランダから眺めている。雨が降っているとき、濡れるのはいつも店長で、ぼくは庇の付いたベランダから、ただ眺めているだけなのだ。

--

--

Sho Okawa
exploring the power of place

大学院生2年目。新宿ゴールデン街で働いています。