世界の家族

私が大学に入学して2ヶ月経った頃、兄がアメリカのサンフランシスコに留学することが決まった。小学校の頃から英会話学校に通っていたこと、両親が海外旅行好きだったこともあり私たち兄妹は中高生の頃から英語は得意科目の一つ。英語のスピーチ大会に出場したこともある。高校生の頃、二人とも大学生になったら留学して、世界で活躍する人間になろうと夢を語り合ったことが懐かしい。大学1年の6月、入部したばかりのアカペラサークルに夢中だった私は本格的に留学の準備を始めた兄の姿をみて、少し寂しさを覚えた。

兄が留学先として選んだ、サンフランシスコには父が仕事でお世話になっている会社がある。その会社の社長である大森さんと父は仕事仲間を超え、気軽に何でも相談し合う親友になっていた。大森家は息子が二人と娘が一人の5人家族。子供たちの年が近かったこともあり、私たちは家族ぐるみで付き合うようになった。私たち家族がアメリカへ旅行に行くと、美味しいレストランやオススメの観光スポットを教えてくれた。逆に、大森家のみなさんが日本へ遊びに来ると私たちがもてなすことが多かった。そのため、私たち家族にとって兄が見知らぬ土地へ留学するという感覚はなかった。大森さんがいることが何よりも心強かった。

兄は大きなスーツケーツを持って旅立った。その後、兄とはよくLINEやSkypeなどのSNSを利用して連絡を取り合った。家族と過ごす時間を大切にしていた私たちにとって兄が数年家を空けることに違和感を覚えた。また、3人家族での生活に慣れるのが思った以上に時間がかかった。毎日のように連絡を取り、食事中にはよく兄の話題になった。2ヶ月ほど経つと、徐々に兄と連絡をとる頻度は低くなった。日本に残された家族は、兄のいない生活に慣れ始めた。

家族でLINEグループを作って連絡を取り合っている家族は少なくないだろう。兄が留学した後、我が家は「世界の家族」と「日本の家族」、この2つの家族LINEグループを使い分けている。世界の家族は、父、母、兄、私が所属しているグループで、日本の家族は父、母、私3人のグループだ。アメリカまで届ける必要のないメッセージのやりとりは、日本の家族に送ることになった。

「世界の家族」が動き出したことをきっかけに、減っていた兄とのやりとりが留学直後のように増えた。兄の近状報告や写真のやり取りが多くなった。簡単に海外にメッセージを送れたこと、テレビ電話ができたことが私たち家族にとってとてもありがたいことだった。何か嬉しいことや、祝いごとがある度に私たちは世界の家族に投稿するようになった。

兄が「世界の家族」に投稿した写真

今年の春、兄が2年間の留学生活を終えて帰国する予定だ。再び家族4人での生活が始まる。日本に残された私たちは兄の帰国を楽しみにしている。兄は2年間過ごした街を後にすることになる。日本に戻るため、荷づくりを着々と進めているそうだ。今後兄は、サンフランシスコの友人やお世話になった人々に挨拶に回る予定である。感謝の気持ちを、伝えて留学生活の締めくくりとして思いっきり楽しむと言っていた。

これからは「日本の家族」というLINEグループは、必要なくなる。私たちにとって、LINEやSkypeなどの、SNSを利用することが当たり前になっている。SNSで語れること、そうで無いことはもちろんあると思う。いろんな経験をして、感じたこと「世界の家族」で語られていなかった兄の留学生活を聞くのが待ち遠しい。兄の留学を通して私たち日本の家族は「家族」という当たり前の温もりに改めて触れることができた。

2年間の生活終える荷づくりはどれほど大変だろうか。2年という月日を過ごしたことでいろんな場所へ足を運び、たくさんの人に出会っただろう。そんな思い出も一緒にスーツケースに詰めて帰ってきてほしいと思っている。