出欠の線引き
大学で、しばしばSA業務というものをやることがある。SAとは”Student Assistant”の略で、講義の手伝いをする学部生のことである。出欠管理や資料配布が主な仕事となり、多少なりとも給与も出る。研究会に2つ所属していることや、履修していない授業にも興味があることも手伝って、折角キャンパスにいるのであれば色々な授業を聞きたいと、僕は毎学期2コマか3コマはSAを担当する。
出欠管理というのは、学生が単位を取れるかどうかにも直結する、気楽そうに見えて重要な業務である。とはいえ、基本的には履修者が出席すれば済む話である。僕らが出席カードの読み取りを間違えない限り、僕らに何か判断を求められるということはなく、機械的に物事をこなせばいいだけである。そこまで難しい仕事ではないので、楽しくSA業務をこなしているが、それでも時々面倒なことが起こる。欠席にもかかわらず、出席になる扱いがあるからである。出席停止扱いになる感染症や忌引などだ。
300人規模の履修者がいる授業ともなると、忌引の連絡を貰うことが学期中に1回はある。「親戚を何人死なせたか分からない」という両津勘吉みたいな男は漫画だけの存在であり、履修者はそういった露骨な嘘を付くことはないと信じている。一応念のために、忌引であったことを証明できるものを求めている。葬儀の食事に自分の名前入りで◯◯様と書かれている写真や、訃報のハガキの提出をもって、忌引扱いとし、その日は欠席扱いとしないという判断を行う。
つい先日も忌引の連絡をもらったので、授業終了後、何か証明できるものを求めた。いつものように案内のハガキを見せてもらう機械的な対応をすればよいものだと思っていたら、彼の祖母の「死亡証明書」を出してきた。さらには、祖母と自分の繋がりを証明するために「戸籍謄本」も持ってきた。
僕は、「死亡証明書」なるものを見た時、なんて言葉をかけて良いのか分からずにうろたえてしまった。学年の違い、多少の年齢の違いこそあれど、同じ学生と学生という立場上であり、「ご愁傷様です」と形式張って言うのには違和感があった。なので、機械的な対応をして、なるべく彼自身が訃報に際したというストレスを感じさせないように心がけていた。だがその時には、どうしたらいいか分からず、「ご愁傷様です」と言うほかが無かった。そんなまざまざと死に接している紙を持ってきたということは、(もしかしたら本人にとっては忌引を証明するための一手段に過ぎないとしても)僕にとっては相当な負担を強いているようにも感じたし、僕自身にとっても心に引っ掛かる出来事であった。
うちの大学には、公式な欠席届は無い。
Q.欠席届や忌引きはありますか?
A.公式な欠席届はありません。個別に各授業担当教員に事情を説明してください。
http://www.gakuji.keio.ac.jp/faq/02.html
各授業担当に事情を説明しろと言われても、である。
SA・TAや教員には、常日頃学生からメールが来て、「出席停止だから欠席するのだがどうすればいいだろうか」といったメールがしばしば来る。出席停止なら判断は明確なのだが、これが出席停止ではない感染症だったら、どこで判断すればいいのだろうか。忌引は何親等まで認められるのだろうか。法事ではあるのだが四十九日であったらどうすればいいのだろうか。話は込み入ってくる。実際のところグラデーションであるものを、どこかで明確な線引きをして、2つの事象として切り離さなければならない。面倒なことではあるが、学事からの教員に対する信頼の証とも呼べるだろう。
とはいえ、大学側に明確な欠席規定があればどんなに判断が楽なことかと思う。公式な欠席届があれば、彼もいちいち死亡証明書なんて持ち歩かなくて済んだはずだし、各授業担当の教員にメールをする手間も必要無かった。学事と教員の信頼の証が、学生にとっていけずなものとして立ち現われてしまうこともある。せめてお悔やみの時は、大学のキャンパスを彼の頭から切り取らせてあげたいと、少しばかり願う。