妹がVRChatを始めた。

私には妹がいる。今年はお互いに大学の授業がリモートになり、かなり長い時間を一緒に家の中で過ごしてきた。お互いの授業の合間に犬と猫を外に出して遊んでみたり、買い物に誘ってはフラれてみたり。たまに話が続く時もあるが、基本的には業務連絡的な会話ばかりの私たちである。

そんな妹が夏あたりから「3Dモデリングをやってみたい」と言い出した。テックに興味があるタイプだったっけ?と驚きつつ、あっという間にハード・ソフトを揃えていくのを隣の部屋から眺めていた。そして、10月中旬に発売されたOculus Quest 2というVRヘッドセットが家に届いた。

どうやら彼女が一番興味を持ってやっているのが、「VRChat」というコミュニケーションプラットフォームのようだ。そこでは数々のVRワールドを探索したり、全世界のユーザーとのおしゃべりを楽しむことができる。3Dモデリングも、VRChat内で使用するアバター作りのために勉強しているようだ。

私が最後にインターネット上で本名も顔も知らない人と積極的にコミュニケーションをとっていたのは確か2011年あたりで、ジャスティンビーバーファンの友達を作ろうと頑張っていた頃だった。インターネット上のコミュニケーションプラットフォームなんて、今はどこもリアルの友達の乾杯シーンを見たりサジェストされた商品を買ったり買わなかったりするだけの場所だ。普通に生活をしていたら出会えるはずのなかった人との出会える場所なんて、まだ残っているのか。そして彼女には、その出会いに自分から向かっていく勇気がまだあるのか。

そして先日、ついに妹のアカウントを借りて私もVRChatの中を探検させてもらった。「ちっちゃくて可愛い子のアバターにしたら外国人ユーザーに話しかけられやすいのではないでしょうか」という私の偏見にまみれた提案に、妹は「じゃあこれで行きなさい」とアバターを選んでくれた。実際に歩くのではなくスティックで移動をすること、振り返ったり手を振ったりすることは実際の動きが反映されること、マイクをオンにしたいときは左手でボタンを押すこと、ワールドから離脱したいときは「Go Home」ボタンを押すこと。基本操作を覚えて、いざワールド探索へ。

あるワールドではそこらへんにペンが転がっていて、それを拾うと空中に文字を書くことができた。向かいにいる別のユーザーがそのペンで筆談をしてくるのだが、私はまずペンを握ることさえおぼつかない。マイクをオンにして喋りかけてしまえば早いが、相手もミュート派らしい。やっと握れたペンでコミュニケーションをとり、相手が中国人だということがわかった。私は知っている中国語を空中に書いたが、相手は私の突然の中国語披露に驚いたのか、返事に困っている様子だった。そのなんとも言えない気まずさに私はその場から離れてしまった。

次のワールドではちょうどよく一人でいる別のユーザーを発見して、もうどうにかなれという思いでマイクをオンにして話しかけた。「こんにちは!Hello! 」しかし、返事がない。わかる、気まずいよね…と思っていたら、急に背後から「konnichiwa! 」と声がかかる。振り返ると背の高いゴス風ファッションのアバターが二人立っている。慌てて会話を始めるとその人数はどんどん増え、6人ほど人が集まってくる。英語で軽く挨拶をして、相手が話す言語の中で知っているものがあればそれを披露する。そのサークルのホストのような立ち位置になった私はその輪の切り上げ時がわからず、そこも半ば強引に離脱してしまった。

知らない人とのコミュニケーションの気まずさとVR酔いで、VRChat体験は30分ほどしか持たなかった。ヘッドセットを外して妹のビーズクッションに突っ伏す。ふと顔を挙げてみると、そこにはセンパアQT酔い止め錠がある。「ねえ、これもしかしてVR用?」と聞くと、「そう、長居するときは飲む。結構効くんだよね。」と返ってきた。

「こんばんは〜、また会いましたね。」そんな声が、今日もドア越しに小さく聞こえてくる。隣の部屋に住む家族の知らなかった一面と、その先に広がっている世界には本当に驚くことばかりだ。

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Fumi Ota
exploring the power of place

Keio University Faculty of Environment and Information Studies Alumni