庇と境界線とコミュニケーション
〜Social Construction of “Hisashi”〜

6月初旬、出張でパリに行った。日本のファッションブランド、ANREALAGE(アンリアレイジ)のパリコレデビュー取材以来なので、約3年ぶりである。2015年11月13日の同時多発テロの後も非常事態宣言は撤回されていないパリ市内だったが、街角のカフェは大勢の人で賑わっていた。
「パリの人はそんなことには屈しない。何よりも自分たちが愉しむことを優先するんじゃないかしら」とパリに12年以上住む編集者の友人は言う。
パリに限ったことではなく、欧米諸国に行くと気になるのは、お店の軒先から可動式の庇がせり出し、その下からはみ出すようにテーブルや椅子が配された“拡張したテラス席”が人びとが会話を楽しみつつ飲食を行なっている風景だ。
上の写真は、今回宿泊したホテルの近所にあった「LE BUCI(ル・ビュッシー)」というカフェだが、早朝から昼、夜、深夜に至るまで、どの時間に通りがかってもおおぜいの人で賑わっていた。写真ではちょっと分かりにくいが、室内よりも庇下のテラスの席数が多く、また、お客さんもテラス席に集中していた。

また、こちらのビストロ「Hugette(ユゲット)」に至っては、お店の庇の下(写真の右側)と車道ぎりぎりの歩道側(左側)の両方にテーブル席が配され、歩行者はこの間を歩くことになっているのだが、ときどきお店のギャルソンと歩行者が入れ子になり、「Pardon!」とか言いながら譲り合うなど、プライベートとパブリックの境界線をあえて複雑にすることで何やら自然に生まれるコミュニケーションが街の彩に一役かっているような印象を受けた。
もちろん、日本にも、たとえば、有楽町の“焼き鳥ストリート”のようなガード下や、露天商、屋台などの文化があり、“拡張したテラス席”の一種といえそうな事例もあるが、江戸時代の文献に基づいた研究論文[1]によると、民間による私有地内かもしくは非合法での営業がほとんどで、それは2017年現在も変わっていないようだ。
一方パリはどうだろう、と調べたところ、「欧米における街路空間の公共利用制度に関する研究〜6都市のオープンカフェの運用を事例に」という日本建築学会計画系論文集530(2000年4月)[2]という論文に出合った。それによると、パリには、「公道における露天およびテラスの設置に関する条例」というのがあり、パリ市における歩道でのオープンカフェの営業は当該自治体への許可制で定められた使用料を支払っているのだそうだ。その際、原則として、歩行空間の1/3まで商業利用が可能で、それ以外のケースでは幅員1.6メートル以上の歩道スペースが必要、なのだとか。

また、「オープンテラス」以外にも目立つ左の写真のような「囲い込みテラス」や、先述したビストロや右の写真のような「店の反対側に設置される露天とテラス」の場合など、実に細かく定められていることがわかった。このように形状の異なる庇の下が、移動空間としてだけでなく、人びとが出会い、交わる“舞台としての街路”としての役割を担っていることを、みんなが共通認識として持っていて、とても羨ましい気持ちになった。

気になったので、しばしば訪れる銀座にあるパリ風のカフェ「AUX BACCHANALES(オーバカナル)」のテラス席を確認しに行った。すると、たまたま1脚、椅子の一部がはみ出してはいたものの、プライベートとパブリックの境界線は建物と街路でくっきりと分かれていることが確認された。
誤解を恐れずに言うと、この境界線の違いは、建物の中(ウチ)と街路(ソト)という意識の日本人と、もうひとつ“舞台としての街路”というウチでもありソトでもある中間地帯を持つパリ人とでのそもそものコミュニケーションのスタンスの違いをも示しているようにも感じた。T
[1]鳴海邦碩「街路空間の管理に関する制度的考察/日本都市計画学会論文集13」(1978)渡辺達三「街路におけるコミュニティ・オープンスペースとしての機能の形成/日本都市計画学会論文集31」(1996)
[2]加藤浩司、渡辺直、井澤知旦、北原理雄「欧米における街路空間の公共利用制度に関する研究〜6都市のオープンカフェ運用を事例に/日本建築学会計画系論文集530」(2000)

